「教科書を出して、31ページを開いて、鉛筆を持って待ちなさい」
返事はあった。でも動かない。もう一度、少し大きな声で言った。ようやく動いた。
このやりとりを、毎日繰り返していませんか。
「わかっていてやっていない」「やる気がない」「何度言ったらわかるの」——そう感じてしまうのは自然なことです。
でも一度、立ち止まってほしいことがあります。
「指示が通らない」とき、問題はいつも子どもの側にあるとは限りません。
この記事では、特別支援学級担任として長年関わってきた経験をもとに、指示が通りにくい背景を見極める3つの段階と、個別の指導計画への落とし込み方を解説します。
指示が通らない子への、よくある誤解
「わかっていてやっていない」は解釈である
指示が通らない子どもを見たとき、多くの場合こう解釈されます。
- 「わかっていてやっていない」
- 「反抗している」
- 「やる気がない」
- 「聞く気がない」
これらはすべて、行動の表面だけを見た解釈です。
「指示を出したのに動かなかった」は事実です。しかし「わかっていてやっていない」は解釈です。この二つを混同した瞬間、「なぜ動かないのか」を探る目が閉じてしまいます。
「返事はするが動かない」の正体
「返事はする。でも動かない。」
この状態は、サボりではない場合がほとんどです。
- 何を言われたかわからなかったが、返事をしてしまった
- 複数の指示を一度に言われて、途中で内容が失われた
- 理解はしたが、何を具体的にすればよいかわからなかった
- わかったが、行動の開始そのものが難しかった
そして最も多い理由の一つが、「わからないと言えない状況になっていた」ことです。失敗への恐怖、周囲の目、「またわからないの?」という空気——この状況を変えずに「何度言っても通らない」と繰り返しても、何も変わりません。
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この記事では指示が通りにくい背景を見極める視点を紹介します。9つの視点で体系的に整理したフレームワーク・記入式ループシート・個別の指導計画記入例10パターンはnoteの実践パックで提供しています。
指示が通りにくい状態には3つの段階がある
「指示が通らない」という結果は同じでも、その手前で何が起きているかは大きく異なります。この3段階のどこで止まっているかによって、支援の方向は全く変わります。
①届いていない
指示の言葉が耳に入っていない・注意が向いていない状態です。指示を出したとき、本人は別のことに気を取られていたり、別の刺激に注意が向いていたりします。
見た目は「無反応」「別のことをしている」。名前を呼んで目が合ってから指示を出すと改善する場合、この段階の可能性が高いです。

②理解できていない
聞こえてはいるが、言葉の意味・文法構造、または複数の情報を同時に処理することが難しい状態です。
見た目は「返事はする」「固まる」「周りを見る」。個別指示なら通るが一斉指示・複数指示だと通らない場合、この段階の可能性が高いです。
③動き出せない
わかった。何をすればいいかもわかっている。でも行動を開始することが難しい状態です。
見た目は「返事をして止まる」「動きかけて止まる」「周りが動き出してから動く」。実行機能の困難が背景にある場合が多いです。
「何度言っても通らない」と繰り返す前に、まずこの3段階のどこで止まっているかを観察することが、見立ての出発点になります。
「3つ目以降が消えていた」——私が間違えた仮説
Dくんのことを話したいと思います。
「指示が通らない」と感じていた子がいました。
私は最初こう考えました。「やる気がない。わかっていてやっていない。」
声をかける回数を増やしました。個別に声をかけるようにしました。変わりませんでした。
ある日、試したことがありました。指示を一つだけにしたのです。
「教科書を出して。」それだけ伝えました。Dくんはすぐに動きました。

次に「31ページを開いて。」とだけ言いました。Dくんはすぐに開きました。
3つ同時に言うと通らなかったのに、一つずつなら通りました。
原因がわかりました。複数の指示を同時に保持することが難しかったのです。「教科書を出して→31ページを開いて→鉛筆を持って」という3つの情報を同時に記憶しながら行動することが、Dくんには難しかった。
「返事はするのに動かない=やる気がない」という解釈が先に固まっていました。「3つの指示のときだけ通らない」というパターンに気づいていませんでした。
Dくんは「わかったふり」をしていたのではありませんでした。「わかったが、途中で消えてしまった」のです。そして「わからない」と言えませんでした。言えば「また怒られる」と思っていたのかもしれません。
仮説を変えて、指示を一つずつ出すようにしました。時間はかかりますが、Dくんは毎回動くようになりました。2週間後、Dくんが自分から言いました。
「先生、もう一回言ってもらえますか?」
「わからない」と言えるようになったのです。
指示が通りにくい背景を探る視点
段階を見極める観察ポイント
- 個別指示と一斉指示で違いはあるか(個別なら通る→①の可能性)
- 指示の長さ・数で違いはあるか(短ければ通る→②ワーキングメモリの可能性)
- 返事はあるか・その後どうしているか(返事後に固まる→③の可能性)
- 特定の教科・場面・教師のときだけ通りにくいか
本人は何に困っているか
教師は「また指示が通らなかった」と感じています。では本人は何に困っているのでしょうか。
- 何を言われたのかわからなかった
- 複数のことを一度に言われて、頭が混乱した
- 返事はしたけれど、何をすればいいか具体的にわからなかった
- わかったのに、体が動き出せなかった
- わからないと言いたかったが、言えなかった
まず指示の出し方を確認する
指示が通りにくいのは「子ども側の問題」として語られやすいですが、実際には指示の長さ・数・タイミング・視覚補助の有無・教室の刺激量を変えるだけで、大きく改善するケースが非常に多いです。
指示を繰り返す前に、まず「指示の出し方」を変える。これが最も見落とされやすい視点です。
指示が通りやすくなる支援——3つの方向性
方向① 環境調整・指示の出し方(すぐに試せること)
- 指示を出す前に注意を確認する(名前を呼ぶ・目を合わせる)
- 指示を短く・一つずつにする(「まず〇〇をしてください」)
- 言葉だけでなく視覚で補助する(板書・カード・実物・ジェスチャー)
- 複数の指示は順番に分けて出す
- 教室の刺激量を減らす(必要のない音・視覚情報を整理する)
方向② スキル支援(中期的な目標)
- 「もう一回」「わからない」をカード・言葉で伝える練習
- 確認・聞き返しを「頭のいい行動」として位置づける
- 指示を聞いた後「今何をするか言える?」と復唱する習慣
方向③ 関係・理解(すべての土台)
- 「わからない」と言える安心感をつくる(聞き返しを責めない・歓迎する)
- 「わかったふり」をさせない関係性をつくる
- 指示が通らなかった後、叱るより「何がわからなかったか」を一緒に確認する

支援の目的は「指示を通すこと」ではありません。本人が必要な情報を受け取り、自分で動き出せるようになることです。
📙 指示が通りにくい 支援実践パック|困り感分析から個別の指導計画まで
この記事で紹介した「3段階の見極め」を、現場で実践するための実践ツール一式です。
18年の現場経験をもとに、困り感分析から個別の指導計画記入例まで一本の線でつながっています。
【パック内容・4点】
| 内容 | 説明と魅力 |
| ①困り感分析 フレームワーク | 「届いていない・理解できていない・動き出せない」の3段階モデル・9つの視点で背景を体系的に整理・支援者自身への問い(このテーマで最重要)。 |
| ②ループシート 記入例 | Dくんの「3つ目以降が消えていた」ケース。「やる気の問題」という最初の仮説が外れ、ワーキングメモリの困難に気づくまでの全記録。失敗→修正の流れがそのまま見える。 |
| ③ループシート 書き込み式 | 実際の子どもに使える記入式シート。STEP1に「止まっている段階確認ボックス」付き。ブラウザ入力・印刷手書き両対応。 |
| ④個別の指導計画 記入例10パターン | 聴覚・注意・言語・認知・実行機能・情緒・環境の要因別に目標・手立て・評価のフルセット。「なぜこの目標か」の背景分析から書いてあるため、次の子に自分で応用できる。 |
【実践前と実践後】
| 実践前 | → | 実践後 |
| 「何度言っても通らない」と繰り返す | → | 「どの段階で止まっているか」を確認できる |
| 指示を繰り返すことしかできない | → | 指示の出し方を変えることができる |
| 個別の指導計画に何を書けばいいかわからない | → | 10パターンから背景に合ったものを選んで書ける |
| 「わかったふり」に気づかない | → | わかったふりをさせている状況を変えられる |
個別の指導計画への落とし込み方
背景要因が見えたとき、それを個別の指導計画にどう書くかで多くの先生が止まります。
例えば「ワーキングメモリの困難」という見立てが立ったとき、記入例(パターン5)はこのように書きます。
【現在の学習状況と課題】
ワーキングメモリの困難があり、複数の指示を同時に保持することが難しい。一つずつの指示と視覚化で改善できると考えられる。
【目標(自立活動)】
手順カードを使いながら、複数の指示を順番に実行することができる。
【手立て】
・指示の一つずつ提示
・手順カードの導入
・指示の視覚化(板書・カード)
【評価】
手順カードを使って実行できた回数を記録し、月1回振り返る。
このように「背景要因→自立活動の区分→目標→手立て→評価」が一本の線でつながっていることが、実践パックのすべての記入例に共通しています。
単なる文例集との違いは、「なぜこの目標になるか」という背景分析から書いてあることです。次の子どもに自分で応用できます。
支援がうまくいかなかったときの問い直し方
支援を試みてもうまくいかないことは「失敗」ではありません。仮説を更新するサインです。
①どの段階で止まっているかを再確認する
個別指示は通るが一斉指示は通らない→注意・聴覚処理を深掘り。短い指示は通るが複数指示は通らない→ワーキングメモリへの負荷を減らす。理解しているが動き出せない→実行機能への支援に切り替える。
②特定の条件を確認する
特定の教師のときだけ通らない場合、関係性・指示の出し方の組み合わせを見直します。特定の時間帯・教科でのみ起きる場合、その場面の刺激量や疲労の蓄積を確認します。
③「わからない」と言える場面が増えているか
指示が通る回数が増えても、本人がまだ「わかったふり」をしている場面が残っているなら、本質的な変化はまだ途中です。「もう一回」と言えた回数も、合わせて記録します。
そして最後に、自分自身への問いを忘れないようにします。これがこのテーマで最も重要な問いです。
- 私の指示は、短く・明確に・一つずつ出せていたか
- 本人の注意が向いていることを確認してから指示を出していたか
- 「わかったふり」をさせてしまう雰囲気をつくっていなかったか
- 「何度言っても通らない」と感じたとき、指示の出し方を変えたか、繰り返しただけだったか
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