特別支援学級での自立活動において、「心理的な安定」や「行動のコントロール」は、子どもたちが自分自身を理解し、社会の中で安定して生活していく上で不可欠な学習内容です。これらの領域の指導では、子どもたちが自身の感情に気づき、その感情にどのように対処すれば良いのかを学び、さらには他者との感情の感じ方の違いを理解し受け入れる力を育むことが求められます。こうした力は、豊かな人間関係を築き、安心して学校生活を送るための土台となります。

効果的な自立活動の授業を展開するためには、明確な「ねらい」の設定と、学習内容を子どもたちの日常生活に定着させるための丁寧な「振り返り」が欠かせません。授業を計画するにあたり、「この活動を通じて子どもたちに何を身につけてほしいのか?」というねらいを明確にし、活動後には「今日の学びは何だったのか?」を子ども自身が実感できるような振り返りの時間を設けることが、学びをより深いものにします。
このことについては、以前のブログ記事でも詳しく触れています。
今回の教材紹介においても、この「ねらい」と「振り返り」をどのように位置付け、活用できるかに焦点を当ててお伝えしたいと思います。
今回ご紹介する『みんなの怒りスイッチをさがせ!』は、まさに自立活動の6区分27項目の
- 「心理的な安定」
- 「行動のコントロール」
- 「人間関係の形成」
に深く関わる内容を、ゲーム形式で楽しく学べるだけでなく、意図的にねらいと振り返りを組み込むことで、より効果的な学びを引き出せる教材です。
教材の特徴

この教材には、子どもたちの日常生活の中で実際に起こりうる「怒りのきっかけ」となる具体的なシーンを描いたカードが60枚収録されています。「友達に挨拶したのに返事がない」「自分のプリントだけ少し破れていた」「リレーで転んでしまい、チームが負けた」など、子どもたちが「あるある!」と感じられる身近な出来事が満載です。
子どもたちはこれらのカードを使いながら、「この出来事があったら、自分はどれくらい怒りを感じるだろうか?」「友達はどう感じるかな?」「この怒りは、仕方がないこと? それとも許せないこと?」「こんなとき、自分はどう対応するのが良いのだろう?」といったことを、遊び感覚で考えていきます。
ゲームは主に3つの形式に分かれており、これらは感情の気づきからコントロール、そして他者理解へと段階的に進んでいくように構成されています。これはまさに、アンガーマネジメントの基本的なステップであり、各ゲームが特定のねらい達成に繋がっています。
ゲームの進め方
1.怒りの温度当てゲーム

🔹ねらい
- 自分や他人の怒りの感じ方の違いに気づく。
- 感情の大きさを言語化して把握する力を育む。
🔹準備するもの
- 「できごとカード」
- 怒り温度メーター(0〜10のスケールを表示した図)
🔹遊び方
- 進行役が1枚「できごとカード」を引いて読み上げる。
- 参加者全員が、その場面で自分ならどのくらい怒るか(怒りの温度)を心の中で考える。
- 他の人がその場面で「どれくらい怒ると思うか」を予想し合う。
- 一人ずつ「私は〇度くらい」と温度を発表し、理由も添えて話す。
- 怒りの温度が人によって違うことを確認し合う。
- 必要に応じて「なぜ違うのか」「それでもどうすれば落ち着けるか」など話し合う。
🔹ポイント
- 「怒って当然」と決めつけず、「怒り方には幅がある」ことを自然に伝える。
- 発言を否定せず、安心して話せる雰囲気づくりが大切。
ゲームを通して、「自分はこれくらい怒るけど、〇〇君はあまり怒らないんだな」「△△さんは、私は怒らないけどすごく怒るみたい」といった気づきが生まれ、自分と他者の感情の感じ方の違いがあることを自然に理解するきっかけになります。
② 3重丸ゲーム(思考コントロール)
カードの出来事を「ゆるせる」「まあゆるせる」「ゆるせない」の3段階で評価し、その理由を話し合うゲームです。
🔹ねらい
- 出来事に対しての感じ方にグラデーションがあることを学ぶ。
- 自分の中の「ゆるせる」「ゆるせない」を整理することで衝動的な反応を減らす。
🔹準備するもの
- 「できごとカード」
- 3つの○が描かれたシート(ゆるせる・まあゆるせる・ゆるせない)
🔹遊び方
- 「できごとカード」を引いて内容を読み上げる。
- 一人ずつ「この出来事は、自分にとってどの○か」を選ぶ。
- 選んだ○に丸をつけて、その理由を話す。
- 他の人と感じ方が違うときは、「どうしてそう思ったのか」をやさしく聞き合う。
- 必要に応じて、「考え方を変えると見方も変わるか」を一緒に考える。
🔹ポイント
- 「人によって許せるラインが違う」ことに気づかせる。
- 思考の柔軟さを育てる場として活用。
③ こんなときどうする?ゲーム(行動コントロール)
🔹ねらい
• 怒りがわいたときの具体的な行動の選択肢を知る。
• 衝動的ではなく、落ち着いた行動につなげる力を育てる。
🔹準備するもの
• 「できごとカード」
• 対応の選択肢カード(例:関わる・ほうっておく・先生に言う・深呼吸する)
🔹遊び方
1. 「できごとカード」を読み上げる。
2. 一人ずつ「このとき、どうするか」を選択肢から選ぶ。
3. 選んだ行動について理由を話す。
4. 他の参加者の考えも聞いて、多様な対応を知る。
5. 最後に「どの対応が今の自分にとって一番よさそうか」を振り返る。
🔹ポイント
• 「どれが正解か」ではなく、「どうすれば後で困らないか」を一緒に考える。
• 自分に合った行動パターンを増やすことが目的。
このように、この教材のゲームは、感情の認識→思考による評価→行動の選択という、アンガーマネジメントにおける一連の流れに沿って構成されており、各ステップで明確なねらいを持って取り組むことができます。
実際の授業での活用
私のクラス(特別支援学級)では、これらのゲームを自立活動の時間の中心に据えて活用しています。授業を始める前に、ホワイトボードに「今日のめあて」として「〇〇さんの怒りスイッチをさがしてみよう」「怒ったときにできることを一つ見つけよう」など、その日のゲームで特に意識してほしいねらいを子どもたちにも分かりやすい言葉で提示するようにしています。

正直なところ、教材を使う前は「こんなカードで本当に子どもたちが自分の気持ちを話してくれるのだろうか?」「ゲーム形式といっても、どこまで集中してくれるか不安だな…」といった思いもありました。しかし、いざ始めてみると、その心配は杞憂に終わりました。
カードに描かれている出来事が子どもたちにとって非常に身近で具体的なものであるため、「あ、これ、前にもあった!」「そうそう、こういうとき、僕も怒る!」と、自然に自分自身の経験と結びつけて考え始めることができました。普段は学校での出来事や自分の気持ちについて話すのが得意ではない子も、「早く次のカード見せて!」「これはね…」と、自分から積極的にゲームに参加し、言葉を発してくれるようになったのです。
特に、「なんで怒ったの?」「どんな気持ちだったの?」といった、ともすれば子どもが詰まってしまいがちな問いに対しても、カードという媒介があることで考えるきっかけが生まれ、素直な気持ちを表現する助けになりました。カードの絵を見ながら、「この顔、悲しそうだね」「きっと嫌だったんだよ」など、共感的な言葉をかけたり、感情を表す言葉のヒントを出したりすることで、子どもたちは安心して自分の内面と向き合うことができるようです。

この教材を使った授業を重ねるうちに、子どもたちの間に明らかな変化が見られるようになりました。以前は怒りの感情が高まると、衝動的に手が出たり、大声を出したりすることがあった子が、「あ、今、怒りのスイッチが入りそう…」「ちょっと落ち着こう」と、自分自身を客観的に見つめようとする様子が見られるようになったのです。

また、友達が怒っている場面に出会った際に、「〇〇君、今、怒りスイッチ入っちゃったのかな?」「大丈夫?」と声をかけたり、少し距離を置いたりするなど、他者の感情に配慮した行動が見られることも増えました。これは、ゲームを通して自分と他者の怒りの感じ方の違いを知り、「怒り」という感情への理解が深まったこと、そして、感情のコントロールや適切な対処法について考える機会を持てたことによる大きな成長だと感じています。
学びを定着
授業後には、必ず丁寧な振り返りの時間を持つようにしています。これは、ただゲームをして楽しかった、で終わらせず、学びを子どもたちの実生活に繋げ、定着させるために最も重要なステップです。
振り返りでは、以下のような点を中心に子どもたちと一緒に話し合います。
- 「今日のゲームで、新しく気づいたことは何かな?」
- 「『みんなの怒りスイッチ』は、人によって違うんだね。〇〇さんはどんなスイッチだったかな?」
- 「今日のカードの中で、一番『なるほど!』と思ったのはどれ?」
- 「怒りを感じたときに、どんなことをすれば落ち着けるか、何か見つかったかな?」
- 「今日のめあては達成できたかな?」
こうした問いかけを通して、子どもたちはゲームで体験したことや考えたことを言葉にし、再確認することができます。また、振り返りシート(簡単なもので構いません)を活用し、「今日学んだこと」「これからやってみたいこと」などを記入することで、視覚的にも学習内容を整理し、自分の学びとして意識しやすくなります。
この振り返りの時間があるからこそ、子どもたちはゲームの中での仮想体験を、現実世界で生かせる学びへと昇華させることができるのです。怒りの感情が湧いてきたときに、「あのとき、カードで話し合ったみたいに、一度深呼吸してみようかな」「先生に相談するっていう方法もあったな」と、ゲームで学んだ対応策を思い出し、試してみることに繋がります。
以前のブログ記事でより深く掘り下げています。
活用のポイント
この教材を使う際には、以下のポイントを押さえることで、子どもたちの学びをより効果的なものにすることができます。
- 進行役を明確にすること: 教師や支援員など、誰がゲームをリードし、質問を投げかけるかを明確にすることで、スムーズに授業を進めることができます。
- 安全な場づくり: ゲームを始める前に、「答えを否定しない」「どんな意見も大切に聞こう」「ゲームで話した内容を、ゲーム以外の時間でからかいに使わない」といったグランドルールを子どもと共に確認し、安心して自分の気持ちや考えを表現できる雰囲気を作ることが何よりも重要ですし、これはねらいを達成するための大前提となります。
- 教師自身の振り返り: 子どもたちの反応や話し合いの内容を記録し、次回の授業計画に生かすことも重要です。「このカードは子どもたちの反応が良かったな」「この質問の仕方は分かりにくかったかも」など、教師自身が振り返ることで、より良い授業へと改善していくことができます。
- 個別の状況に合わせた活用: 全てのカードを一度に使う必要はありません。子どもたちの実態やその時の課題に合わせて、扱うカードを選んだり、ゲームのルールを調整したりするなど、柔軟に活用することが大切です。例えば、特定の友達との関係に課題がある場合は、その友達とのやり取りを想定したカードを重点的に扱う、といった工夫も有効です。
おわりに
『みんなの怒りスイッチをさがせ!』は、単に「怒り」について学ぶだけでなく、ゲームという楽しい形式を通じて、自分自身の感情に気づき、多様な考え方や感じ方があることを知り、他者との違いを認め合いながら関わる力を育むことができる優れた教材です。
特に、自分の気持ちを言葉で表現することが苦手な子どもたちや、感情のコントロールに難しさを抱える子どもたちにとって、具体的なカードは自分と向き合うための手がかりとなり、安心して話し合いに参加するためのサポートとなります。
明確なねらいを持ってこの教材を活用し、そして何よりも活動後の丁寧な振り返りの時間を設けることで、子どもたちの学びは一層深まり、ゲームでの体験が彼らの実際の生活における「生きる力」へと繋がっていきます。特別支援学級や通常学級において、情緒面の支援やソーシャルスキルの指導に携わる多くの先生方に、ぜひ一度手にとって、子どもたちの輝くような学びの表情を引き出していただきたいと思います。
コメント