
「また運動会の季節が来てしまった…」
そうつぶやく子どもを見るたびに、胸が痛くなる保護者の方や担任の先生は少なくないと思います。
発達障害のある子どもにとって、運動会はただ「疲れる行事」ではありません。感覚の過負荷、見通しの立たない不安、集団のルールへの戸惑い……それらが一度に押し寄せる、まさに総合的な「辛さ」が凝縮したイベントです。
私は担任として18年、うち8年を支援学級担任として過ごしてきました。毎年運動会のたびに「どうすればこの子が少しでも安心して参加できるか」を考え続けてきました。
この記事では、なぜ発達障害の子どもは運動会を辛いと感じるのか、その理由を5つに整理し、担任・保護者ができる具体的な支援策を現場目線でお伝えします。「参加させること」だけがゴールではない、という視点もあわせてお読みください。
※この記事は主に小学校の支援学級・通常学級に在籍する発達障害(ASD・ADHD・発達性協調運動障害など)のある子どもを想定して書いています。
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「運動が得意なのに運動会は嫌い」「練習はできても本番は固まってしまう」——こうした現象は、子どものやる気の問題ではなく、発達特性から来る合理的な反応です。まず、その理由を丁寧に理解しておくことが、支援の第一歩になります。
理由①:感覚過敏による体への負荷
ASD(自閉スペクトラム症)やADHDのある子どもの多くは、何らかの感覚過敏を抱えています。運動会はその感覚過敏を一度に複数刺激するイベントです。

- 聴覚:スターターピストルの音、マーチングの音楽、大勢の歓声、マイクのハウリング
- 触覚:体操服の素材感、土の感触、裸足で歩くこと、体と体が触れる組体操
- 視覚:直射日光のまぶしさ、色鮮やかな旗や装飾、大勢の人の動き
- 温覚:真夏・初秋の炎天下で数時間を過ごす暑さ
これらの刺激は、定型発達の人が感じるよりも何倍も強く子どもの体に届きます。「嫌がっている」のではなく、「体が限界を訴えている」と理解することが大切です。
理由②:「見通しが立たない」ことへの強い不安
ASDの特性として、「次に何が起こるかわからない状態」は非常に大きなストレスになります。運動会は通常の授業とはまったく異なる流れで進みます。

- いつもと違う時間割
- 何番目に自分の競技が来るかわからない
- 突然のプログラム変更や雨天延期
- 「待っていてください」という曖昧な指示
普段はしっかり授業に参加できていても、運動会になると崩れてしまうのは、この「見通しのなさ」が大きな原因であることが多いです。
理由③:協調運動の難しさ(ダンス・組体操)
ASDやADHDには、発達性協調運動障害(DCD)を合併するケースが多くあります。DCDとは、体のバランス感覚や手足の協調動作が極端に苦手な状態のことです。
ダンスの振り付けを覚えられない、みんなと動きが合わない、走り方がぎこちない——これらはやる気の問題ではなく、脳と体のつながり方の特性から来ています。いくら練習しても「劇的に改善する」ことは難しく、本番で周囲の目が集まる中でその苦手さが露わになることは、子どもの自己肯定感に深く傷をつける可能性があります。
理由④:集団のルールが直感的に理解できない
ADHDやASDのある子どもは、「なぜこの順番で動くのか」「なぜ応援のときはここに座るのか」といった集団の暗黙のルールが直感的には理解しにくいことがあります。

口頭で一斉指示を出されても、情報を処理しきれず「何をすべきか」がわからないまま行動し、結果として「言うことを聞かない子」に見えてしまうのです。
理由⑤:勝ち負けへの強いこだわりと失敗への恐怖
ASDの特性として「こだわり」があります。「絶対に1位でなければならない」という思考が強い場合、負けた瞬間にパニック状態になったり、その後引きずって次の競技への参加が難しくなったりすることがあります。
また、ADHDのある子どもは衝動性から、結果に対して感情が爆発しやすいことも。「ずるい」「もう一回やりたい」と叫んでしまい、周囲との関係が崩れることも少なくありません。
さらに、過去に失敗したり笑われた記憶が鮮明に残っているため、「また同じことになる」という恐怖から参加を拒否するケースもあります。これは決して「弱さ」ではなく、記憶の特性から来る合理的な自己防衛です。
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運動会の支援は、当日だけ考えていても手遅れになります。練習が始まる前から準備を始めることが、子どもが安心して取り組むための最大のポイントです。
①「何をするか」を視覚化して事前に伝える
「当日は何時から何時まで、どの競技に出るか」をシンプルな表や絵カードで示します。可能ならタイムラインカードを作り、「次は〇〇だよ」と見通しを持てるようにしましょう。

文字が読める子どもには、プログラム表に自分の競技に印をつけて渡すだけでも安心感が大きく変わります。「練習のときからその表を使う」ことで、本番でも同じ形式で理解できるようになります。
②ダンスの振り付けを「簡略化・代替化」する
協調運動が難しい子どもに対しては、早い段階で学年の担任チームと相談し、シンプルな代替の振り付けを用意することが有効です。
- 手の動きだけに絞ったシンプルバージョンを作る
- 「手を振るだけ」でも参加とみなす基準を設ける
- 端のポジションを担当させ、目立たない形にする
「みんなと同じ振り付けができないと参加できない」という思い込みを担任が持っていないかどうか、自分自身に問い直してみてください。
③練習への参加を「段階的」に設定する
いきなり全体練習から参加させるのではなく、「見学→一部参加→全体参加」という段階を意図的に設けましょう。
- 第1週:練習を見るだけでOK
- 第2週:最初の5分だけ参加してみる
- 第3週:自分の出番だけ参加する
この「スモールステップ」の設計が、子どもに「自分にもできる」という自信を育てます。最終目標を「完全参加」に置かないことが、柔軟な支援を生みます。
④イヤーマフや帽子などの合理的配慮を事前に確認する
感覚過敏のある子どもには、合理的配慮として支援グッズの使用を認めることが大切です。

- 聴覚過敏 → イヤーマフ・耳栓の使用を許可する
- 光への過敏 → 帽子のつばを大きくする・サングラスを許可する
- 触覚過敏 → 体操服の素材や靴下の素材を変更する
文部科学省も、発達障害のある児童生徒に対して感覚面への合理的配慮を行うことを求めています(内閣府:発達障害に関する合理的配慮の具体例)。「特別扱い」ではなく「必要な配慮」として、保護者とも連携して準備しましょう。
⑤「何がわからないか」を保護者と担任で共有する
「家では楽しそうに振り付けをやっていたのに、学校だと固まってしまう」——この現象は、「見られることへのプレッシャー」や「本番という特別な空気感」が引き起こしている場合がほとんどです。
事前に保護者と「何が苦手か」を細かく共有し、「ピストルの音が怖い」「並ぶときに後ろの子が近いと嫌」など、具体的な困りポイントを把握しておくことで、当日の対応がスムーズになります。
⑥「待ち時間の過ごし方」を事前に決めておく
ADHDのある子どもが最も苦手なのが、「何もしないで待っている時間」です。運動会は待ち時間が非常に長い行事です。
「出番以外は〇〇をしていてよい」というルールを事前に決めておきましょう。具体的には以下のようなものが有効です。
- 手持ちサイズの好きな本やミニ迷路ブック
- お気に入りの小さいキャラクターグッズ(机の上に出してOKにする)
- 応援の仕方カード(「手を叩く」「旗を振る」など役割を視覚化)
⑦「見学OK」の場所と基準を明確にしておく
「辛くなったら〇〇に行っていいよ」という安全な逃げ場をあらかじめ設定しておくことは、かえって子どもを落ち着かせます。「いつでも逃げていい」と思えることで、むしろ踏みとどまれる子どもは少なくありません。
たとえば「音が辛くなったら、テントの外れのこの場所に座っていていい」「限界になったら保健室に行ける」といった具合に、逃げ先を事前に本人と確認しておきましょう。
⑧「勝ち負けへのこだわり」対策をしておく
ASDの子どもで、勝ち負けへのこだわりが強いタイプは、「負けたとき」のシミュレーションを事前にやっておくことが有効です。

「もし負けたとき、どんな気持ちになる?」「そのときどうしたら気持ちが落ち着く?」を練習のうちから話し合っておき、ソーシャルストーリー(社会的な場面を事前に言語化して伝える支援ツール)を活用して見通しを持たせると、パニックが起きにくくなります。
運動会「当日」の配慮ポイント
練習段階の準備ができていても、当日は予想外のことが起きます。以下のポイントを担任チームで共有しておきましょう。
朝の声かけで「見通し」を確認する
登校後すぐに「今日はこの順番でやるよ」とプログラム表を一緒に確認します。変更がある場合は早めに伝え、「〇〇が変わったけど、あとは同じだよ」と安心できる情報を添えてください。
支援員・補助員の動き方を事前に打ち合わせる
「この子が限界サインを出したら誰が動くか」「保護者への連絡は誰がするか」を担任・支援員・養護教諭で明確にしておきます。当日のドタバタの中でも「誰が見ているか」がはっきりしていることで、子どもは安心します。
「できたこと」をその場で言語化して褒める
競技が終わったら、すぐに「並んで待てたね」「最後まで走り切ったね」と具体的な行動を褒めるようにします。「がんばったね」だけでは伝わりにくい子どもも、「何を」がんばったのかが明確になることで、自信に変わります。
帰宅後の疲弊を保護者に伝えておく
感覚過敏のある子どもは、運動会のような大量の刺激を受けた後、帰宅してから「遅延型の崩れ」が起きることがあります。帰ってから急に泣き出す、暴れる、全く動けなくなる——これは「我慢していた疲れが出た」サインです。
連絡帳や口頭で「今日はとてもよく頑張りました。帰宅後はゆっくり休ませてあげてください」と伝えることで、保護者も覚悟を持って迎えられます。
「参加させない」という選択肢もある
ここは、多くの記事では触れられていない部分ですが、私は現場目線から正直にお伝えしたいと思います。
「参加させない」という判断は、決して逃げではありません。
無理に参加させることで生じるリスクを考えてください。
- 運動会がトラウマになり、翌年から学校への登校が難しくなる
- 「失敗した」記憶が強く残り、運動全般への苦手意識が固定する
- 「どうせ自分はできない」という学習性無力感につながる
これらのリスクと天秤にかけたとき、「今年は見学のみ」「学校には来るが競技には出ない」という選択が子どもにとって最善であることがあります。
担任として保護者に伝えたいこと
保護者の中には「うちの子だけ参加できないのは恥ずかしい」と思っている方もいます。その気持ちは自然なものです。
でも、担任としてこう伝えてほしいのです。
「今日の選択が、この子の学校への気持ちを守ることにつながります。来年また一緒に考えましょう。」
部分参加・見学参加も、立派な「参加」として評価できるよう、学校内での共通理解を作っていくことが大切です。これは担任一人ではできないことも多いので、管理職を巻き込んで、学校全体の合理的配慮の文化として醸成していきたいところです。
「別メニュー参加」という現実的な選択肢
競技には出ないが、「応援団として参加する」「放送係や準備係として関わる」「写真係として動く」など、「全員と同じ形でなくても参加できる役割」を作ることが、子どもの自己肯定感を守りながら行事につなぐ方法になります。
支援学級の担任としての強みは、「その子にとっての最適解」を個別に考えられることです。通常学級の担任と連携しながら、その子だけの運動会参加スタイルをデザインしていきましょう。
運動会後のフォローと自信の育て方
運動会が終わったあとのフォローも、支援の大切な一部です。ここを丁寧にやることが、次の行事への意欲につながります。
「結果」より「プロセス」を褒める具体的なセリフ
発達障害のある子どもは、失敗の記憶が強く残りやすい特性があります。だからこそ、「頑張ったプロセス」を具体的な言葉で残してあげることが重要です。
- ❌「よく頑張ったね」(曖昧すぎて残らない)
- ✅「並んで待つのが最後まで上手にできたね」
- ✅「ピストルの音が怖かったけど、耳を塞いで最後まで走ったね」
- ✅「去年は練習に来られなかったのに、今年は全部の練習に来られたね」
比較するなら「去年の自分」と。他の子どもとの比較は、自己肯定感を下げるだけです。
「嫌だったこと」も話せる場を作る
「楽しかった?」という問いかけだけではなく、「どこが辛かった?」「なにが嫌だった?」も聞いてあげましょう。発達障害のある子どもは、自分の感情を言語化するのが難しいことが多いですが、コミック会話(Comic Strip Conversation)などの視覚的なツールを使うと、気持ちを整理しやすくなります。
コミック会話については、こちらに詳しくまとめています。
その振り返りが、来年の支援計画に直接活きてきます。
「来年のために」記録を残す
担任としては、今年の運動会での様子を記録に残しておきましょう。
- どの場面でパニックが起きたか
- どの支援が有効だったか
- 保護者から聞いた「帰宅後の様子」
これらは個別の指導計画の見直しにも使える大切なデータです。「今年うまくいかなかった」ことは失敗ではなく、来年の支援をより良くするための情報です。
まとめ:「参加させること」より「この子を守ること」を優先する
この記事では、発達障害のある子どもが運動会を辛いと感じる5つの理由と、担任・保護者にできる支援を具体的にお伝えしてきました。
最後に、最も大切なことを一つだけお伝えします。
「運動会に参加させること」は目的ではありません。「この子が学校を好きでいられること」が目的です。
運動会で無理をさせて1週間後から登校しぶりが始まる——これは私が何度も目にしてきた現実です。行事の成功より、その後の毎日の学校生活の方がずっと大切です。
今年の運動会が「去年よりほんの少しだけ大変じゃなかった」と思えるなら、それは大きな成長です。その小さな積み重ねが、子どもの自信になっていきます。
担任の先生も、保護者の方も、「完璧にやらなくていい」。一緒に、その子にとっての最善を探していきましょう。
- 運動会が辛い理由は「感覚過敏」「見通しのなさ」「協調運動の困難」「集団ルールの理解の難しさ」「勝ち負けへのこだわり」の5つ
- 支援は練習段階から始め、視覚化・段階的参加・合理的配慮グッズを活用する
- 当日は逃げ場の確保と、帰宅後のフォローまで含めて設計する
- 「参加させない」「部分参加」も立派な選択肢として保護者と共有する
- 振り返りをプロセス重視で行い、記録を来年の支援に活かす
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