【SST・自立活動】簡単にできるカードゲーム「すきなのどっち」でコミュニケーション力を育てよう

自立活動•SST

「すきなのは、カレーとラーメン、どっち?」

こんな、大人にとっては実に些細で何気ない問いかけが、子どもたちの心をふっと緩め、自分自身と向き合い、そして他者との対話へと導く確かな一歩となることを、私は特別支援学級での自立活動の実践を通して実感しています。

今回ご紹介するのは、私が受け持つ特別支援学級で行った自立活動、『すきなのどっち』の実践レポートです。この活動を通して、自分の思いを言葉にすることが苦手だった子どもたちが、少しずつ「話したい」「伝えたい」という内発的な動機付けを持ち、自信をもって自分の「好き」や「嫌い」、そして「自分自身」を表現できるようになっていった、その過程と成果をお伝えできればと思います。

授業内容を先に確認されたい場合、目次から「活動の具体的な流れ」を選んでください。

記事の後半では、私が自作したA5サイズの『すきなのどっちカード』についても詳しくご紹介し、先生方にもご活用いただけるようダウンロードデータもご提供します。日々の実践のヒントや、明日からの活動の導入として、先生方の参考になれば幸いです。

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特別支援学級における子どもたちの現状と、自立活動への願い

私が担任するクラスは、小学1年生から6年生までの7名が在籍する特別支援学級です。子どもたちは、知的発達の遅れに加え、ASD(自閉スペクトラム症)やADHD(注意欠如・多動症)といった発達特性を併せ持っています。

どの子も、一人ひとり素晴らしい個性と可能性を秘めていますが、集団の中では、以下のような課題が見られることが少なくありませんでした。

  • 自己肯定感の低さ: 失敗経験が重なったり、自分の思いが周囲に伝わらなかったりすることで、「どうせ自分にはできない」「言っても無駄だ」と諦めてしまう。
  • 対人関係の困難さ: 自分の気持ちをうまく伝えられず、トラブルになったり、他者の意図を読み取ることが苦手で、孤立感を感じてしまったりする。
  • 衝動性や注意の偏り: 自分の思いが先行し、他者の話を遮ったり、活動に集中できなかったりする。
  • 「選ぶ」経験の少なさ: 日常生活の中で、自分で何かを「選ぶ」「決定する」機会が限られている。これにより、主体性や自己決定の感覚が育ちにくい。
  • 集団でのルールの理解・遵守: 順番を守る、時間を意識するといった、集団行動に必要な基本的なルールを理解し、守って行動することに難しさがある。

子どもたち一人ひとりが、自分の特性を理解し、互いを尊重し合いながら、安心できる環境の中で自分らしさを発揮できる学級を目指しています。そのために、子どもたちが安心して「話すこと」「聞くこと」、そして「自分自身を知る」経験を積めるような活動は不可欠です。特別支援教育において、自立活動が子どもたちの「生きる力」を育む上で中核をなすものであると捉え、子どもたちの実態に合わせて様々な取り組みを行ってきました。その中で、特に子どもたちの心に響き、確かな成長を促したのが、今回紹介する『すきなのどっち』という活動でした。

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ねらい

『すきなのどっち』を自立活動として位置づけるにあたり、明確なねらいを設定しました。これは、特別支援学級の子どもたちにとって、将来にわたってより豊かな人生を送る上で基盤となる力であると確信しているからです。

【主なねらい】

  • 自分の気持ちや考えを言葉で伝える力を育てる: (学習指導要領 自立活動 事項6-2「他者に働きかけること」「自分の状態や気持ちを伝えたり、表現したりすること」に関連)
    自分の内面(好き・嫌い、楽しい・悲しい、こうしたい・ああしたい)に意識を向け、それを適切な言葉で表現する練習をします。「どっち?」という二者択一の質問形式にすることで、思考のハードルを下げ、答えやすくする工夫を含んでいます。
  • 相手の話を聞き、応答するなど、やり取りを楽しむ力を育てる: (学習指導要領 自立活動 事項3-3「相手の言葉や話の様子、表情などから相手の気持ちを理解すること」「自分の要求や気持ちを伝え、相手とやり取りすること」に関連)
    相手の質問に耳を傾け、相手の答えを聞く姿勢を養います。簡単な相槌や応答を通して、会話のキャッチボールを経験します。他者の多様な価値観(自分と違う「好き」)に触れることで、互いを認め合う第一歩とします。
  • 「選ぶ」ことを通して自己決定の感覚を育む: (学習指導要領 自立活動 事項1-2「自分のこととして課題に主体的に取り組むこと」に関連)
    提示された選択肢の中から、自分の意思で一つを「選ぶ」経験を積み重ねます。自分で選んだことに対する責任感や、選択が受け入れられることによる安心感を育みます。小さな自己決定の積み重ねが、自己肯定感や主体性の向上につながります。

【活動のもう一つの大切な側面:勝ち負けのない安心感と、共に楽しむ時間】

『すきなのどっち』は、競い合う活動ではありません。どちらを選んでも正解であり、誰かが勝ち、誰かが負ける、という結果がありません。この「勝ち負けがない」という点が、子どもたちが安心して活動に参加できる非常に重要な要素です。評価されることを気にすることなく、自分の率直な気持ちを表現し、他者の表現を受け止めることができます。

活動全体を通して、終始和やかで和気藹々とした雰囲気で行われます。子どもたちは、友達の意外な「好き」を知って驚いたり、同じ「好き」を見つけて共感したりと、ポジティブな感情を共有する経験を積むことができます。このような「共に楽しむ時間」を持つことは、集団への所属感を高め、他者との良好な関係性を築く上で大切な土台となります。

これらのねらいは、子どもたちが将来、社会の中でより主体的に生き、他者と円滑な関係を築いていくために不可欠な力です。『すきなのどっち』は、遊びの要素を取り入れながら、これらの重要なスキルを楽しみながら習得できる活動としてデザインしました。

子どもたちの主体性と社会性を育むための工夫

活動を進めるにあたり、全ての子どもたちが安心して参加し、それぞれのペースで学びを得られるように、いくつかの工夫を凝らしました。特別支援学級の特性を踏まえた、視覚的な支援や構造化、そして教師の関わり方を重視しています。

  • 「めあてカード」の活用:自分で目標を選び、活動に主体的に取り組む
    活動の前に、ホワイトボードに様々な「めあてカード」を貼り出します。「落ち着いて話す」「最後まで聞く」「いいリアクションをする」「大きな声で話す」「いらいらしたらやすむ」など、子どもたちの実態に合わせて教師が作成したものです。子どもたちは、その中から今日の自分の「めあて」を一つ選び、自分の席の前に置きます。この工夫の意図は、子どもたちに活動のねらいを分かりやすく提示し、自分自身で今日の取り組み課題を認識してもらうことにあります。「先生に言われたからやる」のではなく、「自分がこれに取り組もう」という主体性を引き出し、活動へのモチベーションを高めます。また、自己理解(自分は何が苦手か、何を頑張りたいか)を促す効果もあります。
  • ルールと進め方の視覚化:見通しを持ち、安心して参加できる環境を作る
    活動のルール(例:「カードを引いた人が質問する」「相手の答えを最後まで聞く」「答えを聞いたら『そうなんだ』などと返事をする」「順番を守る」「活動時間を確認する」)や、活動の全体の流れは、イラストや短い言葉で書いたカードを提示し、視覚的に分かりやすく示しました。これにより、子どもたちは「これから何をするのか」「自分は何をすればよいのか」という見通しを持つことができます。特に、活動の切り替えが苦手な子や、先の見通しが持てないと不安になる子にとって、この視覚的な構造化は安心感を与え、落ち着いて活動に参加するために非常に有効でした。
  • カードのテーマ設定:日常的で楽しいテーマで、子どもたちの興味を引き出す
    質問の内容は、子どもたちの身近な生活や興味に関わる、ポジティブで楽しいテーマを選びました。「好きな食べ物」「好きな動物」「好きな遊び」「行ってみたい場所」など、子どもたちが答えやすい、日常的な内容を扱うことで、リラックスした雰囲気で活動に入ることができます。ネガティブな内容や、正解・不正解のある内容は避け、「どちらを選んでも、その子の個性として受け止められる」という安心感を大切にしました。

教師の役割と事前の指導の重要性

この活動を単なる「ゲーム」にせず、子どもたちの成長に繋がる自立活動とするためには、教師の積極的な関わりと、事前の丁寧な指導が不可欠です。

まず、教師自身が活動に積極的に参加することが重要です。教師も子どもたちと一緒にカードを引き、自分の「好き」を話したり、子どもたちの話を聞いてリアクションしたりすることで、活動の楽しさを共有し、安心できる雰囲気を作ります。教師が楽しそうに参加することで、子どもたちも安心して自分の気持ちを表現しやすくなります。また、教師がモデルとなって「聞く姿勢」や「応答の仕方」を示すことで、子どもたちは自然とコミュニケーションのスキルを学びます。教師がそれぞれの発言のバランスを取り、特定の子だけが話しすぎたり、全く話せなかったりしないように調整することも大切な役割です。

次に、事前の指導を丁寧に行うことです。活動のルール(順番を守る、時間を意識する、人の話を最後まで聞くなど)を理解し、実践することは、特別支援学級の子どもたちにとって容易ではありません。活動を始める前に、イラストカードなどを使ってルールを繰り返し確認したり、ルールを守ることの重要性や、ルールを守ることでみんなが気持ちよく活動できることを具体的に伝えたりする時間を十分に取ります。「順番を守る」というルールは、自分の要求を我慢し、他者を待つという社会性の基礎を育む上で非常に重要です。「時間」についても、タイマーなどを活用して活動時間を意識させ、「時間になったら終わりにする」という見通しを持たせる練習をします。こうした事前の指導を繰り返し行うことで、子どもたちは活動に必要な基本的なスキルを身につけ、活動中の混乱を防ぎ、スムーズな進行に繋がります。

活動の具体的な流れ

実際の活動は、以下のような流れで進めました。子どもたちの集中力や理解度に合わせて、時間は15分〜20分程度で設定することが多かったです。事前のルール指導で確認した内容を意識しながら進めます。

1.導入とルールの確認:

「さあ、今日の自立活動は『すきなのどっち』をやるよ!」と子どもたちに声をかけ、活動への期待感を高めます。事前に作成しておいたルールのカードを提示しながら、一つずつ丁寧に確認します。

  1. 質問カードを引きます。カードに描かれたうちの、どっちがすきかを答えます。
  2. 伝え方は、人それぞれ。ことばで伝える、指をさして伝える、視線を向けて伝える、どのような方法でもかまいません。
  3. どうして、好きなのかを答えます。
    どうして好きなのか、選んだ理由を答えてみましょう。自分のことを考えるきっかけになるかもしれません。でもムリに答える必要はありません。
  4. 「どっちもすき」「どっちもすきじゃない」「わからない」としたら。。。
    「いまの気分だったら、どっち?」「どちらかといえば、どっち」と考えてみてください。
  5. でも、ムリに答えなくてもいいんです。
    答えられそうもないときは「パス!」と言いましょう。

※ 上記のルールの説明は、トビラコtobirakoのページの参照をおすすめします。

Amazon.co.jp: えらんで きめて つたえるゲーム すきなのどっち? : 本
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みんなが話し終わるまで、静かに聞こうね。順番を抜かさないよ」「あと〇分で終わります、時間を見ながら活動しようね」など、肯定的な言葉遣いで伝えます。特に、順番や時間を守ることの重要性、人の話を最後まで聞くことの意味を丁寧に伝えます。

2. めあての設定:
ホワイトボードに貼った「めあてカード」の前で、一人ずつ自分の今日の「めあて」を選びます。子どもたちが選んだめあてを教師が確認し、「〇〇くんは『最後まで聞く』をめあてにしたんだね、素晴らしい!」などと肯定的な声かけを行います。自分で選んだという意識が、活動中の自己調整につながります。

ゲームスタート:『すきなのどっち』実践
誰から始めるか順番を決め、ゲームをスタートします。教師も参加者の一員として活動に入ります。
最初にカードを引いた子が、カードに書かれた質問を読み上げ自分で答えます。「すきなのは、ネコとイヌ、どっち?」
考えながら自分の「好き」を選びます。「うーん、イヌ!」
教師や児童がは「イヌなんだね!どうしてイヌが好きなの?」と問いかけ、さらに話を広げる促しをします。子どもによっては、理由を言葉にするのが難しい場合もありますが、その場合は無理強いせず、「そっか、イヌなんだね!」と受け止めます。教師も自分の番が来たら、自分の「好き」と理由を具体的に話します。
周りの子は、話している子の方を見て、うなずいたり、「そうなんだ」「へー」といったリアクションを示します。めあてに「いいリアクションをする」を選んだ子は、積極的に相槌を打とうと頑張ります。
全員が答えたら、順番を守って、次の子に質問する番が回ってきます。このシンプルな「聞く」「話す」「応答する」「交代する」という流れを繰り返す中で、子どもたちは自然とコミュニケーションのスキルを磨いていきます。タイマーなどを活用しながら、活動時間全体を意識させます。教師は、子どもたちの言葉にならない思いを汲み取ったり、適切な言葉で表現する手助けをしたり、会話が途切れたときに橋渡しをしたりと、ファシリテーターとしての役割を担いながら、特定の児童に発言が偏らないようにバランスをとります。

3.ふりかえりとフィードバック:
活動の終わりに、今日の活動を振り返ります。「今日の『すきなのどっち』、どうだったかな?」「楽しかった人?」「今日の自分のめあて、達成できたかな?」と問いかけます。子どもたちは、自分が選んだめあてカードを見ながら、自分の取り組みを振り返ります。「ぼくは、『最後まで聞く』ができたよ!」「〇〇くんの話、ちゃんと聞けた!」と具体的な行動を報告できる子もいます。「『いいリアクションをする』、難しかったけど、頑張ったよ」と正直に伝える子もいます。「今日の活動で、順番を待つことができた人?」「時間内に終われたかな?」など、ルール遵守についても具体的に振り返ります。
教師は、一人ひとりの子どもたちの良い点や頑張りを具体的に褒め、承認します。「〇〇くんは、イヌが好きって理由をしっかり教えてくれたね、素晴らしい!」「△△さんは、人の話を聞いているときに、ニコニコうなずいてくれていたね、とっても良かったよ!」「〇〇さんは、順番を待つことができて、とても立派だったよ!」「先生は、みんなが自分のめあてに向かって頑張る姿、とても嬉しかったよ」など、ポジティブなフィードバックを行うことで、子どもたちの自己肯定感を高め、「また頑張ろう」という意欲につなげます。

子どもたちの変化と成長

この活動を続ける中で、子どもたちの表情や言動に、目に見える確かな変化が現れ始めました。それは、教師として何よりも嬉しく、感動的な瞬間でした。

例えば、普段は自分の気持ちを表に出すことが少なく、質問されても「分からない」「どっちでもいい」と答えることが多かったA君(小学部3年生)がいました。彼は活動の開始当初、カードを引いてもモジモジしてしまい、なかなか質問できませんでした。しかし、何度か活動を繰り返すうちに、ある日「すきなのは、メロンパンとカレーパン、どっち?」と小さな声で質問することができたのです。みんながそれぞれの答えを言っていくのを、彼は少し驚いたような、でも嬉しそうな顔で聞いていました。そして、自分の番になったとき、少し間を置いてから、はっきりとした声で「ぼくは、メロンパンがすき!」と言いました。そのときの彼の、顔いっぱいの笑顔と、自信に満ちた声色を、私は忘れることができません。周りの友達が「へー!」「美味しいよね!」と反応すると、彼はさらに嬉しそうにうなずいていました。誰かと競う必要がなく、自分の素直な気持ちを表現できる『すきなのどっち』の和やかな雰囲気が、彼の心の緊張を解きほぐし、自己表現への扉を開いた瞬間でした。

また、B君(小学部5年生)は、衝動性が高く、人の話を最後まで聞くことや、自分の考えを整理して伝えることに難しさがありました。『すきなのどっち』でも、質問を聞き終わる前に答えてしまったり、他の子の答えを否定したりしてしまうことがありました。そこで、彼のめあてはいつも「最後まで聞く」と「相手の答えを聞いてから話す」でした。教師が一緒に活動に参加し、彼が衝動的な発言をしそうになったときに、アイコンタクトや簡単なジェスチャーで「待ってね」と促すなどの支援を続けました。活動中、彼は何度もめあてカードをチラチラと見て、深呼吸をする様子が見られるようになりました。ある日、「すきなのは、夏と冬、どっち?」という質問に対し、彼はすぐに「夏!」と答えそうになりましたが、グッとこらえ、少し考えてから「うーん、どっちもすきだけど、きょうは夏!」と、理由を添えて「だって、プールに入れるから!」と話すことができたのです。彼は、二者択一ではあっても、その日の気分や状況によって「選び直す」ことができる、という柔軟な思考を自ら示しました。そして、自分の内面にある「好き」という感情に理由があること、それを言葉にすることでより伝わりやすくなることを、この活動を通して学んでいったのです。めあてに向かって自己調整しようと努力する姿、そしてそれが実を結んだ瞬間に、大きな成長を感じました。また、活動全体の流れの中で、順番や時間といったルールを意識すること自体が、彼にとって自分を律するための良い練習となりました。

Cさん(小学部1年生)は、普段は言葉数が少なく、自分の要求を伝えることが苦手でした。しかし、『すきなのどっち』の活動では、好きなことに関する質問には興味津々で耳を傾けます。「すきなのは、ネコとイヌ、どっち?」という質問に、彼女は最初は言葉が出ませんでしたが、しばらく考えてから小さな声で「ネコ…」と答えました。その後の活動で、彼女は言葉で話すことが難しくても、指差しやジェスチャーで答えを示したり、他の子が話しているときに楽しそうに笑ったりと、様々な方法で自分の気持ちを表現するようになりました。「話す」ことだけがコミュニケーションではない、様々な表現方法があることを、彼女は自然と学んでいったのです。そして、教師が彼女の小さな声やジェスチャーを見逃さず、「〇〇ちゃんはネコが好きなんだね!」と肯定的に返すことで、彼女は「自分の気持ちを表現しても大丈夫だ」という安心感を得ていきました。先生がいつも一緒に参加して、優しく見守ってくれるという安心感があったからこそ、彼女は少しずつ自分を出すことができるようになったのだと思います。

これらのエピソードはほんの一部ですが、『すきなのどっち』が子どもたちの「選ぶ力」「伝える力」「聞く力」だけでなく、自己肯定感、自己調整力、他者との関わり方、そして何よりも「自分は大切な存在である」という感覚を育む上で、いかに有効であるかを物語っています。子どもたちは、この活動を通して、自分の「好き」や「自分自身」が受け入れられる経験を積み重ね、安心して自分を表現できるようになっていきました。

自作教材『すきなのどっちカード』(A5サイズ)の紹介とダウンロード

この活動を行う上で中心となるのが、『すきなのどっちカード』です。市販の教材も検討しましたが、私のクラスの子どもたちの興味関心や、より具体的なイメージが湧きやすいように、自作することにしました。

市販の『すきなのどっちカード』は家族と一緒に遊ぶために購入しました。かわいいデザインでとても気に入ってます。↓

Amazon.co.jp: えらんで きめて つたえるゲーム すきなのどっち? : 本
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私が作成したのは、A5サイズのカードです。なぜA5サイズにしたかというと、いくつかの理由があります。

  • 子どもたちの手の大きさに馴染む: 特別支援学級の子どもたちの中には、細かいものを操作するのが苦手だったり、手先の不器用さがあったりする子がいます。A5サイズは、小学生の子どもたちが持ちやすく、落としにくい、ちょうど良い大きさです。
  • 視覚的な分かりやすさ: カードの絵や文字が大きくなり、視覚的に情報を認識しやすいサイズです。イラストを大きく配置したり、文字数を最小限にしたりする工夫と合わせることで、読み書きに困難さのある子や、視覚優位の子にも分かりやすく提示できます。
  • 書き込みスペースの確保: 答えを文字で書いたり、絵を描き加えたりするスペースを設けることも可能です(今回の実践では、主に口頭でのやり取りでしたが、応用可能です)。
  • 持ち運びや保管のしやすさ: 教室での活動はもちろん、他の場所へ持ち運ぶ際にも、ファイルに綴じるなどして比較的簡単に管理できます。

カードの具体的な内容としては、「たべもの」「どうぶつ」「あそび」「いろ」「がっこうにあるもの」「いってみたいばしょ」「季節」など、子どもたちの身近なテーマを幅広く用意しました。例えば…

  • 「すきなのは、りんごとみかん、どっち?」
  • 「すきなのは、いぬとねこ、どっち?」
  • 「すきなのは、おにごっことだるまさんがころんだ、どっち?」
  • 「すきなのは、あかとあお、どっち?」
  • 「すきなのは、うんていとすべりだい、どっち?」
  • 「すきなのは、うみとやま、どっち?」
  • 「すきなのは、なつとふゆ、どっち?」

といった具合です。カードには、それぞれのテーマの絵や写真を大きく載せ、下にシンプルな文字で質問を添えました。絵や写真は、子どもたちが具体的なイメージを持ちやすいように、親しみやすいタッチのものを選びました。

作成する際は、普通紙に印刷し、丈夫にするためにラミネート加工を施しました。角は丸くカットすることで、子どもたちが怪我をしないように配慮しました。手作りすることで、子どもたちの興味関心に合わせて内容を柔軟に変更したり、新しいカードを増やしたりできるのが大きなメリットです。

この自作のA5サイズカードは、子どもたちの活動への参加意欲を高め、より主体的に「選ぶ」「伝える」経験を積むための、非常に有効なツールとなりました。「次はどんなカードかな?」と、子どもたちは活動の時間を心待ちにするようになりました。

【先生方へ:カードをダウンロードしてご活用ください!】

この活動を先生方の学級でも実践していただきたく、今回ご紹介した『すきなのどっちカード』(A5サイズ版)のデータをダウンロードできるようにいたしました。テーマごとにPDFファイルを分けていますので、必要なものを選んで印刷・加工してご活用ください。

特別な材料は必要ありません。印刷し、ラミネート加工をすれば丈夫になります。絵や文字が見やすいよう、カラー印刷をおすすめします。

>> 『すきなのどっちカード』(A5サイズ)ダウンロードはこちら(準備中)

※ダウンロードやご利用に関するお問い合わせは、本ブログのお問い合わせフォームからお願いいたします。

実践から見えてきたこと

『すきなのどっち』の実践を通して、特別支援教育における重要な示唆を得ることができました。

  • 「選ぶ」機会の保障は、自己肯定感と主体性の育成に不可欠: 私たちは、日常の中で無意識のうちに多くの選択をしています。しかし、特別支援教育を必要とする子どもたちの中には、自分で何かを「選ぶ」経験が意図的に保障されないと、指示待ちになったり、自分の意思を示すことに自信が持てなくなったりする場合があります。『すきなのどっち』は、小さな選択を繰り返す中で、「自分で選んでいいんだ」「自分の選択は受け入れられるんだ」という安心感と成功体験を積み重ねる機会となります。これが、自己肯定感や主体性の芽を育む上で非常に重要であることを改めて認識しました。
  • 安心できる環境設定が、コミュニケーションの第一歩: 子どもたちが安心して自分を表現するためには、何よりも安全で受容的な環境が必要です。失敗を恐れずに話せる、たとえ言葉に詰まっても待ってもらえる、どんな答えでも否定されない、そして勝ち負けがないという安心感があるからこそ、子どもたちは心を開き、コミュニケーションに挑戦することができます。明確なルール設定、視覚的な構造化、そして教師の温かく見守る姿勢が、この安心感を作り出す上で不可欠です。
  • 目標設定と振り返りが、自己理解と自己調整能力を高める: 「めあてカード」を使った取り組みは、子どもたちが自分自身の行動や感情に意識を向け、それを調整しようと試みるプロセスを促します。活動後の振り返りでは、自分の頑張りを認め、次に何を頑張りたいかを考える機会となります。このメタ認知的なスキルは、社会の中で適切に行動するために非常に重要な力です。
  • 遊びの要素を取り入れることの効果: 自立活動は、ともすれば「訓練」や「練習」といった堅苦しいイメージを持たれがちですが、『すきなのどっち』のように遊びの要素を取り入れることで、子どもたちは楽しみながら、主体的にスキルを習得することができます。楽しいという感情が、学習意欲を高め、活動への積極的な参加を促します。
  • 教師の受容的な姿勢と肯定的なフィードバックの重要性: 子どもたちのどんな小さな声も聞き漏らさず、言葉にならない表現も汲み取ろうとし、彼らの頑張りを具体的に承認する教師の姿勢は、子どもたちの安心感と自己肯定感に直結します。教師が一緒に活動に参加し、子どもたちの発言を丁寧に拾い上げ、肯定的な言葉で返すことで、子どもたちは「自分は大切な存在として受け止められている」という感覚を持つことができます。ポジティブなフィードバックは、「自分はできている」「次はもっとできるかもしれない」という自信を育むための強力な栄養剤となります。
  • ルール遵守と社会性の基礎を育む: 『すきなのどっち』の活動は、単なるおしゃべりではなく、明確なルール(順番、時間、傾聴など)の中で行われます。事前の丁寧な指導と、活動中の繰り返し声かけ、そして振り返りを通して、子どもたちは集団の中で活動するために必要な基本的なルールを学び、守る力を身につけていきます。これは、将来、学校生活や社会生活を送る上で不可欠な、社会性の基礎となる力です。

おわりに

自立活動は、子どもたちが社会の中で自分らしく、豊かに生きていくための基盤となる力を育む、まさに「生きる力を育てる時間」であると改めて感じています。

今回ご紹介した『すきなのどっち』は、特別な教材や高度なスキルを必要とする活動ではありません。しかし、子どもたちが「選ぶ」という小さな自己決定をし、自分の「好き」を「伝える」という経験を重ねる中で、彼らの内面に秘められた力が引き出され、自己肯定感を高め、他者との温かい繋がりの大切さを学ぶ、素晴らしい機会となりました。

先生方、子どもたちの小さなつぶやきや、言葉にならないサインの中に、彼らの「伝えたい!」という強い願いが隠されていることがあります。その願いを丁寧に拾い上げ、彼らが安心して自分を表現できる場を提供すること、そして彼らの小さな一歩一歩を心から応援することが、私たち特別支援教育に携わる者に課せられた大切な役割だと感じています。

ご紹介した『すきなのどっち』の実践、そしてダウンロードできるカード(準備中)が、先生方の学級の子どもたちの笑顔と成長につながる、一つのヒントとなれば幸いです。子どもたちの「伝えたい!」という気持ちを大切にしながら、これからも日々の実践を深めていきたいと思います。

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