本記事では、教員の長時間労働の原因や、その労働時間のおかしさについて、文部科学省が公表する教員勤務実態調査や労働時間の国際比較(OECD TALIS)などの客観的なデータを交えながら、現場のリアルな声ととも徹底的に深掘りします。
また、教員がしんどい時期、具体的な労働時間の内訳や平均、そして求められる長時間労働への対策まで、この問題の全体像を網羅的に解説します。
この記事を読めば、以下のことがわかります。
- なぜ今、「教員の働き方がおかしい」と断言できるのか、その具体的な理由。
- 教員が不人気な職業となった背景と、長時間労働の構造的な原因。
- 「過労死ライン」を超えるとも言われる教員の平均労働時間の実態。
- 文部科学省の調査データや国際比較から見える、日本の教員の異常な労働環境。
- 現場の教員が特に「しんどい」と感じる時期とその業務内容。
- この深刻な問題を解決するために、今すぐ取り組むべき具体的な対策。
日本の教育の未来を左右するこの重大な問題について、一緒に考えていきましょう。
「教員の働き方、おかしい」と叫ばれる真の理由
「先生は、土日も部活があって大変ね」
「残業代が出ないって本当?」
世間の人々が抱く「教員=激務」というイメージは、残念ながら単なるイメージではありません。それは、現場で働く多くの教員が日々直面している「現実」です。
私が以前勤めていた学校で、新任として着任したA先生(22歳・女性)の言葉が今でも忘れられません。彼女は、子どもたちへの熱い情熱を持って教壇に立ちました。しかし、半年が過ぎる頃には、その瞳から輝きが消えかけていました。
「私、何のために教員になったんでしょうか。毎朝7時に出勤し、授業準備と生徒対応に追われ、放課後は部活動の指導。それが終われば山のような事務作業と保護者からの電話対応。家に帰るのはいつも日付が変わる直前です。土日も部活の遠征で潰れます。でも、給料明細を見ても『残業代』の文字はありません。これって、やっぱり『おかしい』ですよね?」
彼女の言う「おかしい」という感覚こそが、現在の日本の教員が置かれた労働環境の歪みを端的に表しています。この歪みは、個々の教員の努力や「やりがい」といった精神論でごまかせる限界を、とうの昔に超えてしまっているのです。

教員が不人気な理由は何ですか?未来を担う仕事が選ばれない現実
「教員の働き方がおかしい」という状況は、教育の未来を担うはずの若者たちにも伝播しています。近年、教員採用試験の倍率低下が全国的なニュースとなっていますが、これは教員が不人気な理由が深刻化していることの証左です。
なぜ、あれほど人気だった教職が選ばれなくなったのでしょうか。
1. 過酷な長時間労働の実態
前述のA先生のような働き方がSNSや口コミで可視化され、「教員=ブラック」というイメージが定着しました。ワークライフバランスを重視する現代の若者にとって、過労死ラインを超えることが常態化している職場は魅力的ではありません。
2. 「給特法」という名の壁
公立学校の教員には、原則として残業代が支払われません。これは「公立の義務教育諸学校等の教育職員の給与等に関する特別措置法(給特法)」により、月給の4%に相当する「教職調整額」が支給される代わりに、時間外勤務手当(残業代)は支給されないと定められているからです。これが「定額働かせ放題」と揶揄される原因であり、労働時間と報酬のアンバランスさが不人気に拍車をかけています。
3. 増大する精神的負担
児童生徒指導の複雑化、モンスタペアレントとも呼ばれる一部の保護者からの過度な要求、いじめや不登校への対応など、教員が背負う精神的プレッシャーは年々増大しています。心身ともにすり減らしていく先輩教員の姿を見て、教職を敬遠する学生が増えるのは当然かもしれません。

4. 業務の多様化と専門外の負担
授業や生徒指導だけでなく、地域との連携、各種調査報告書の作成、学校行事の運営、そして部活動の指導。特に部活動は、競技経験のない教員が顧問を任され、専門外の指導と土日の引率に疲弊するケースが後を絶ちません。
これら複合的な要因が絡み合い、「教員」という仕事は、かつての輝きを失い、未来を担う若者たちから敬遠される「不人気」な職業へと転落しつつあるのです。
教員の長時間労働、その深刻な原因は何か?
では、なぜ教員の労働時間はこれほどまでに長くなってしまうのでしょうか。その長時間労働の原因は、一つではなく、学校現場に深く根付いた複数の構造的な問題によって引き起こされています。
体験談:B先生(35歳・中学校・サッカー部顧問)の週末
「金曜の夜、ようやく職員室を出られるのが21時。生徒が下校した後、学級通信の作成、明日の授業準備、そして山積みの提出物チェック。帰宅して仮眠をとったら、土曜は朝6時起きで部活の練習試合。一日中グラウンドに立ち、泥だらけの生徒を叱咤激励する。日曜も練習。休みは、ない。
妻からは『あなた、家族と仕事、どっちが大事なの?』と泣かれました。私だって好きでやっているわけじゃない。でも、『先生が顧問だから頑張れる』という生徒の顔を見ると、無下にもできない。サッカーの指導は好きですが、これが本業の『授業』の準備時間を圧迫しているのは事実です。このままでは、授業の質も、家庭も、自分の健康も、すべてが崩壊してしまうのではないかと、本気で恐れています」
B先生の事例は氷山の一角です。長時間労働の主な原因を整理してみましょう。
1. 部活動指導という「聖域」
B先生のように、多くの教員が部活動の顧問を担っています。特に中学校では、部活動は半ば強制的に生徒が参加し、教員が指導するのが「当たり前」とされています。土日の練習試合や大会の引率は、事実上の「休日出勤」ですが、多くの場合、手当は微々たるもの(または皆無)です。
2. 無限に増え続ける「雑務」
授業準備や生徒指導といった「本来業務」以外に、教員は膨大な「雑務」に追われています。
- 国や教育委員会からの各種調査・アンケートの集約と報告
- 学校行事(運動会、文化祭、修学旅行)の企画・運営・準備
- 保護者への配布物の作成・印刷
- 校内の清掃指導、備品管理、施設修繕の手配
- 給食指導、健康診断のサポート
これら一つひとつは小さくても、積み重なると教員の時間を確実に奪っていきます。
3. 複雑化する児童生徒指導と保護者対応
いじめ、不登校、発達の課題など、生徒が抱える問題は年々複雑化・多様化しています。特に、特別支援教育の対象となる生徒への対応は、高い専門性と手厚いサポートが求められます。
例えば、個別の教育支援計画(IEP)の作成や、医療機関・福祉施設といった関係機関との連携、保護者とのきめ細かな面談は、通常の学級運営業務に加えて発生します。
下記の記事に「特別支援学級担任の仕事」について詳しくまとめています👇
こうした専門的な対応については、特別支援教育の基本的な考え方や、特別支援学級担任の具体的な業務内容についての理解も不可欠です。
4. 「授業準備」という終わらない仕事
質の高い授業を提供するためには、教材研究や指導案の作成、プリントやテストの準備が不可欠です。しかし、日中は他の業務に追われ、授業準備に取り掛かれるのは生徒が下校した後の夕方以降、あるいは自宅に持ち帰ってから、というのが実情です。
これらの業務が、何の仕分けもされないまま教員個人の「熱意」と「責任感」に依存し、結果として際限のない長時間労働を生み出しているのです。
教員の労働時間、衝撃の内訳とは
「教員は夏休みがあっていいね」と、皮肉を込めて言われることがあります。しかし、その「労働時間」がどのような「内訳」になっているかを知れば、その認識は一変するはずです。
教員の仕事は、生徒の前に立って授業をしている時間(=見える仕事)だけで完結しません。むしろ、その何倍もの時間(=見えない仕事)によって支えられています。
体験談:C先生(40歳・小学校・学級担任)の典型的な1日
- 07:00 出勤
教室の換気・清掃、朝の健康観察の準備
職員室での簡単な打ち合わせ、メールチェック - 08:00 – 08:30 朝の会・健康観察
生徒の出欠確認、体調チェック、配布物の確認 - 08:40 – 12:20 授業(1〜4限)
授業の実施、生徒の様子を観察 - 12:20 – 13:00 給食指導
配膳の指導、アレルギー対応、食事マナー指導(※この間、C先生自身はほとんど休憩・食事はできていない) - 13:00 – 13:45 昼休み
生徒と一緒に校庭で遊ぶ(生徒対応)、怪我の対応 - 13:45 – 14:30 清掃指導
- 14:35 – 15:20 授業(5限)
- 15:30 – 15:45 帰りの会
- 15:45 – 16:30 放課後(生徒下校後)
生徒の補習、面談、保護者からの電話対応 - 16:30 – 18:00 会議・打ち合わせ
学年会議、校務分掌(担当業務)の会議 - 18:00 – 20:00 授業準備・事務作業
明日の授業準備、教材研究
テスト・宿題の採点、学級通信の作成
指導要録の記入、各種報告書の作成 - 20:00 – 21:00(日による) 部活動指導(小学校でもクラブ活動などがある場合)
- 21:30 退勤
(持ち帰った採点や準備を自宅で行うことも多い)
このスケジュールを見て分かる通り、所定の勤務時間(通常8:15〜16:45など)を遥かに超えています。
労働時間の内訳を見ると、「授業」そのものに費やす時間よりも、「授業準備」「会議・事務作業」「生徒対応(休憩時間含む)」「部活動」といった周辺業務が圧倒的に多いことがわかります。

特に深刻なのは、昼休みに生徒対応で休憩が取れなかったり、放課後に会議や事務作業が詰め込まれ、本来最も重要なはずの「授業準備」が時間外労働(または持ち帰り)にならざるを得ない構造です。
教員の労働時間、平均はどれくらい?
では、C先生のような働き方は特殊なのでしょうか。残念ながら、教員の労働時間の平均は、日本社会全体で見ても異常な水準にあります。
厚生労働省は、健康障害のリスクが高まる時間外労働のラインとして「月80時間」または「週60時間」を「過労死ライン」と定めています。
これに対し、文部科学省が実施した直近の「教員勤務実態調査」(令和4年度)のデータ(※)を見てみましょう。
(※注:文科省の調査は「在校等時間」であり、厳密な「労働時間」とは異なりますが、実態を示す指標として参照します)
この調査によると、1週間当たりの学校内での勤務時間が「過労死ライン」目安である週60時間以上の教諭の割合は、
- 小学校:14.2%
- 中学校:36.6%
という衝撃的な結果が出ています。
特に中学校では、3人に1人以上が過労死ラインを超える水準で働いている計算になります。
これはあくまで「学校内」の時間であり、C先生のように自宅に持ち帰って行う「見えない労働」は含まれていません。持ち帰り時間を加味すれば、この数値はさらに悪化すると考えるのが自然です。
「平均」という言葉が霞んでしまうほど、一部(というには多すぎる)の教員が、心身の健康を害するリスクを負いながら、教育現場をギリギリのところで支えている。これが日本の教育現場の平均的な実態なのです。

なぜ教員の長時間労働は「おかしい」と断言できるのか
長時間労働が常態化している。——しかし、なぜこれが「おかしい」と強く断言できるのでしょうか。それは、この問題が単なる「忙しさ」を超え、法的な歪みと人権的な問題をはらんでいるからです。
教員の長時間労働が「おかしい」最大の理由は、前述した「給特法(給与特別措置法)」の存在にあります。
1. 「残業代ゼロ」の合法化
給特法は、「教員の職務は自発性・創造性に基づくものであり、勤務時間の管理は馴染まない」という(今や時代錯誤ともいえる)理念のもと、時間外勤務手当(残業代)を支給しない代わりに、給料月額の4%の「教職調整額」を一律支給するとしています。
4%というのは、週8時間(1日約1.5時間)程度の残業を見込んだものとされています。
2. 現実との乖離
しかし、現実の教員は「週60時間以上」働くことが珍しくありません。これは月80時間どころか、月100時間、150時間を超える時間外労働に相当します。
月に100時間残業しても、150時間残業しても、支給されるのは「4%」のまま。これこそが「定額働かせ放題」と批判される所以であり、法が現実の労働実態を全く反映していない「おかしい」状態なのです。
3. 労働基準法の「適用除外」
さらに、この給特法があるために、労働時間の原則を定める「労働基準法」の一部(時間外労働の上限規制や割増賃金の支払い義務など)が、公立教員には適用されません。
一般企業であれば違法となるような際限のない労働が、「教育」の名の下にまかり通ってしまっているのです。
4. 休憩時間の非存在
文科省の調査では、小学校教諭の1日の平均休憩時間は約4分、中学校で約6分というデータ(全教「教職員勤務実態調査 2022」より)すらあります。労働基準法で定められた「休憩」が実質的に存在しないことも、この働き方の異常性を示しています。
教育という公的な責務を担う職業が、日本国が定めた労働の基本ルールから逸脱した環境に置かれている。これほど「おかしい」ことはありません。
この「給特法」の問題や、教員の労働がなぜ法的に「おかしい」状態のまま放置されているのか。その構造的な問題をさらに深く知りたい方には、教育社会学者である内田良氏の著書も参考になります👇
『教師のブラック残業』(内田良 著)
「定額働かせ放題」と揶揄される給特法の実態や、部活動問題など、教員の長時間労働を生み出す根本原因をデータと共に鋭く分析しています。なぜ日本の教員だけがこれほどまでに疲弊しているのか、その背景を理解するための一冊です。
文部科学省の「教員勤務実態調査」が示す、驚愕のデータ
この「おかしい」働き方を、国(文部科学省)も把握していないわけではありません。文部科学省は、教員の勤務実態を把握するため、定期的に「教員勤務実態調査」を実施しています。
直近の令和4年度調査(平成28年度調査との比較)では、一定の改善が見られました。例えば、在校等時間(週60時間以上)の割合は、平成28年度の小学校(33.5%)→ 令和4年度(14.2%)、中学校(57.7%)→(36.6%)と、大幅に減少しています。
これは、働き方改革の推進や、コロナ禍による一部行事の中止などが影響したと考えられます。
しかし、この結果を手放しで喜ぶことはできません。
- 依然として高水準
減少したとはいえ、中学校の36.6%が過労死ライン超えという現状は、断じて「健全」ではありません。 - 持ち帰り仕事の増加
同調査では、平日の「持ち帰り仕事」の時間が、小学校・中学校ともに平成28年度調査よりも微増しているというデータも示されています。学校の「在校時間」を減らすために、見えない場所(自宅)での労働が増えている「隠れ残業」の可能性が指摘されています。 - 「休憩」なき労働
前述した「休憩時間がほぼゼロ」という実態も、この調査で浮き彫りになっています。

文部科学省自身が「依然として長時間勤務の教師が多い状況」と認めている通り、勤務実態調査のデータは、現場の悲鳴が客観的な数値となって表れた「証拠」なのです。
この問題の深刻さを示す公的なデータとして、文部科学省が発表している調査結果のページをぜひ一度ご覧ください。
【外部リンク】文部科学省:教員勤務実態調査(令和4年度)【速報値】について
https://www.mext.go.jp/b_menu/houdou/mext_01232.html
(※注:リンク先は記事執筆時点のものです。最新の調査結果は文部科学省HPでご確認ください)
教員の労働時間、国際比較で見える日本の異常
「日本の教員は忙しい」と言われますが、それは世界的に見てもそうなのでしょうか。この疑問に答えるのが、OECD(経済協力開発機構)が実施する「国際教員指導環境調査(TALIS)」です。
この教員労働時間の国際比較データは、日本の教員の「異常」を明確に示しています。
TALIS 2018(最新の比較可能な大規模調査)によると、日本の中学校教員の1週間の仕事時間は56.0時間。これは、調査に参加した48カ国・地域の中で最長です。
(ちなみに、参加国の平均は38.3時間でした)
最新のTALIS 2024(2025年公表)でも、日本は小中学校ともに勤務時間が最長であり、この傾向は変わっていません。
なぜ、日本だけが突出して長いのか。TALISは、その「内訳」にも切り込んでいます。
- 「授業」時間は平均以下
驚くべきことに、日本の教員の「授業」に充てる時間は、国際平均よりも短いのです。 - 突出して長い「事務業務」と「課外活動」
では、何に時間を使っているのか。それは、「一般的な事務業務」(各種報告書作成など)と「課外活動の指導」(部活動)です。
特に「課外活動の指導」時間は、日本(中学)は週7.5時間と、参加国平均(1.9時間)の約4倍に達しています。
つまり、日本の教員は「授業」という本務よりも、部活動や雑務といった「周辺業務」に忙殺されることで、世界一の長時間労働を強いられているのです。これは、教育の質を担保する上でも極めて深刻な事態と言えます。
教員が「しんどい」と感じる時期はいつですか?現場からの悲鳴
教員の仕事は、年間を通じて常に忙しいわけですが、特に業務が集中し、心身ともに「しんどい」と感じるピークの時期が存在します。

もしあなたが現役の教員であれば「あるある」と頷き、もし保護者や一般の方であれば「そこまでとは」と驚かれるかもしれません。教員がしんどい時期、それは主に以下の3つのタイミングで訪れます。
体験談:D先生(50歳・ベテラン・学年主任)の年度末
「3月は、正直言って生きた心地がしない。『卒業』という感動的なゴールがあるから何とか走り抜けられるが、その裏では、まさに戦場だ。
卒業生の成績処理、内申点(調査書)の作成、そして『指導要録』の記入。この指導要録というのが曲者で、生徒一人ひとりの1年間の成長と所見を、次の学年や進学先に引き継ぐための公文書だ。絶対に間違いは許されない。
それと並行して、在校生の進級判定会議、来年度のクラス編成、時間割の原案作成、新しい教科書の検品…。さらに卒業式の準備と運営、謝恩会の対応(今は減ったが)。
自分のクラスの生徒を無事に送り出すという達成感と同時に、『もう二度と3月は経験したくない』と毎年思う。それが28回続いている」
D先生の体験談にもあるように、しんどい時期は明確です。
1. 年度末・新年度(3月〜4月)
- 年度末(3月): 成績処理、指導要録の作成、卒業・進級判定、卒業式関連業務、来年度の準備(クラス編成、校務分掌決定、時間割作成)。
- 新年度(4月): 新クラスの準備(教室整備、名簿作成)、担任発表、入学式準備、家庭訪問や個人面談の計画、大量の配布物作成、新しい生徒の情報把握。
特にこの時期は、異動や退職する教員からの引き継ぎと、新任・転任者への引き継ぎが同時に発生し、学校全体が混乱と多忙を極めます。
2. 行事シーズン(5月、9月〜11月)
- 運動会・体育祭(5月または9月)
通常の授業と並行して、全校生徒の練習指導、用具の準備、当日のプログラム作成、救護体制の整備、会場設営など、膨大な準備が必要となります。 - 文化祭・合唱コンクール(10月〜11月)
生徒の指導はもちろん、企画運営、備品管理、会場設営、当日の警備計画まで、教員が担う業務は多岐にわたります。 - 修学旅行・宿泊行事
事前準備(下見、業者との打ち合わせ、しおり作成、保護者説明会)から、本番(24時間体制での生徒の引率)、事後処理(精算、報告書作成)まで、1ヶ月以上にわたる長期的な負担となります。
3. 成績処理・通知表作成時期(7月、12月、3月)
学期末は、生徒一人ひとりの評価(テストの点数だけでなく、授業態度や提出物など)を厳格に行い、通知表を作成します。数百人分のデータを集計し、所見(コメント)を記入する作業は、非常に時間と精神力を使う仕事です。
これらの「しんどい時期」は、通常の業務に「プラスアルファ」で巨大なタスクが乗っかる時期です。そして、その負担の多くが、教員の「持ち帰り仕事」や「休日出勤」によって賄われているのが現実です。
現場では、過酷な状況に置かれている教員が数多くいます。ジャーナリストが現場の声を丹念に取材したルポルタージュは、この問題の深刻さを浮き彫りにします。
『ルポ 教育困難校』 (朝日新書)
長時間労働だけでなく、複雑化する生徒指導、保護者対応、そして精神を病んでいく教員たちのリアルな実態が描かれています。なぜ情熱を持った教員が「絶望」せざるを得ないのか。現場の生々しい声を知ることで、この問題がいかに「待ったなし」であるかが痛感させられます。
教員、長時間労働への抜本的な対策とは
ここまで見てきた通り、「教員の働き方がおかしい」という問題は、個々の教員の努力や根性論で解決できるレベルを遥かに超えています。この長時間労働への対策は、国、自治体、学校、そして保護者や地域社会が一丸となって取り組むべき、日本の教育の最重要課題です。
求められる対策は、大きく分けて以下の5つです。
1. 給特法の抜本的改正(または廃止)
この問題の根源とも言える「給特法」の見直しは不可避です。
- 「4%の教職調整額」という現状にそぐわない仕組みを改め、働いた時間に応じた手当(残業代)が適切に支払われる仕組みを導入すること。
- 労働基準法を(少なくとも時間外労働の上限規制において)適用し、法的な歯止めをかけること。
これが実現しない限り、教員は「合法的に」無限に働かされ続けることになります。
2. 業務の明確化と「スクラップ・アンド・ビルド」
教員が「何をやらなくていいか」を決めることが急務です。
- 部活動の地域移行: 最も時間外労働の原因となっている部活動を、学校・教員の必須業務から切り離し、地域のスポーツクラブや指導者に委ねる(地域移行)流れを加速させる必要があります。
- 雑務の外部委託(アウトソーシング): 採点業務、調査統計の集計、登下校の見守り、印刷業務などは、教員でなければできない仕事ではありません。専門のスタッフ(スクール・サポート・スタッフ)や外部業者に委託する。
- 学校行事の精査: 「例年やっているから」という理由だけで続く行事を見直し、縮小・廃止する勇気も必要です。
3. 教員の「定数」を増やす
結局のところ、仕事量に対して「人」が少なすぎることが根本的な問題です。
- 教員一人当たりの持ちコマ数(授業時間)や、担任する生徒数を減らす。
- 特に、特別支援教育など、手厚いケアが必要な分野には専門の教員を加配する。
- 学級担任が授業準備や生徒指導に専念できるよう、事務作業や雑務を専門に行うスタッフを増員する。
4. ICT(情報通信技術)の積極的な活用
日本の学校現場は、驚くほどアナログな作業が多く残っています。
- 保護者への連絡網(アプリの活用)、出欠管理、成績処理などをデジタル化し、ペーパーワークを削減する。
- オンラインでの会議や研修を導入し、移動や集合の時間を削減する。
5. 保護者・地域の「意識改革」
「学校や先生は、何でもやってくれて当たり前」という意識が、教員を追いつめています。
- 教員も一人の労働者であり、勤務時間や休日が保障されるべき存在であるという社会的なコンセンサスを醸成すること。
- 過度な要求や、時間外の理不尽な連絡(メールや電話)を控えるなど、保護者や地域ができる「協力」も不可欠です。
国や制度レベルでの大きな変革はもちろん必要ですが、それと同時に「今、学校現場でできること」も数多くあります。問題の深刻さに絶望するだけでなく、具体的な改善策に目を向けることも重要です。
『「先生が忙しすぎる」をあきらめない』(妹尾昌俊 著)
「どうせ変わらない」とあきらめるのではなく、学校現場で実践可能な具体的な業務改善(カイゼン)の事例や視点を豊富に紹介しています。管理職や中堅教員だけでなく、若手の教員や保護者にとっても「自分たちにできること」のヒントが見つかる一冊です。
結論:教育の未来のために、「おかしい」を「当たり前」にしない
「教員の働き方がおかしい」という問題は、単に「先生が可哀想」という話ではありません。
疲弊し、余裕を失った教員が、子どもたち一人ひとりに向き合い、質の高い授業を提供し続けることができるでしょうか。
情熱を持って教職を目指す若者がいなくなった教育現場に、未来はあるでしょうか。
教員の長時間労働は、巡り巡って、子どもたちの「教育を受ける権利」を侵害する問題なのです。
文部科学省の調査や国際比較データが示す通り、日本の教員の労働環境は「異常」です。その原因は、給特法という時代遅れの法律、聖域化された部活動、そして「先生の自己犠牲」に甘え続けてきた社会の構造にあります。
この記事で見てきたように、対策は明確です。業務を減らし、人を増やし、適切に対価を支払う。この当たり前の「働き方」を、教育現場に取り戻さなければなりません。
今、この瞬間も、日本のどこかで日付が変わるまで明日の授業準備をしている先生がいます。
私たち大人が、この「おかしい」現状を「仕方ない」と放置するのではなく、「おかしい」と声を上げ続けること。それが、日本の教育の未来、そして子どもたちの未来を守るための、第一歩となるはずです。




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