はじめに:特別支援学級の目標設定が抱える根本的な課題
特別支援学級の担任として、こんな悩みはありませんか?
- 「学校全体の方針で『思いやりのあるクラス』という目標を掲げなければならないが、具体的にどう指導すればいいかわからない」
- 「掲示用の立派な目標を作ったものの、実際の指導とは乖離している」
- 「多様な特性を持つ子どもたちに、一律の目標を当てはめることに違和感がある」
この記事では、「理念を示す掲示用目標」と「実践的な個別目標」を両立させる方法を、理論と実践の両面から詳しく解説します。
第1章 特別支援学級の目標設定における3つの矛盾
1-1. 学校の方針と個別支援のジレンマ
多くの学校では「道徳的で美しい目標」が求められますが、特別支援学級では:
- 自閉症の児童には抽象的な目標が理解できない
- ADHDの児童には長期目標の維持が困難
- 知的障害のある児童には複雑な目標が適応できない
1-2. 掲示の形式と実用性の乖離
従来の学級目標の課題:
- 紙に書いて貼るだけの「飾り」になりがち
- 実際の指導とは無関係なケースが多い
- 目標と評価が結びつかない
1-3. 多様性と統一性の両立難しさ
特別支援学級では:
- 一人ひとりの目標が異なるのが当然
- しかし「学級」としてのまとまりも必要
→ この矛盾をどう解決するか?
第2章 2段階目標設定の理論的根拠
2-1. 特別支援教育の基本原理から見た妥当性
- UDL(ユニバーサルデザイン・フォー・ラーニング)理論:
多様な学習者に対応するためには、目標も複数の表現方法が必要 - ABA(応用行動分析)の視点:
具体的で測定可能な行動目標が効果的
2-2. 発達心理学に基づく目標設定
- ピアジェの認知発達理論:
発達段階に応じた目標設定の重要性 - ヴィゴツキーの最近接発達領域:
個々の「できる」を少し超えた目標設定
第3章 実践的ガイド:2段階目標の具体的作成法
3-1. 掲示用目標の作り方(理念編)
良い例と悪い例の比較
×「仲良く助け合うクラス」
○「ちがうやり方も いいね みんなで たのしい がっきゅう」
作成のポイント
- 5W1Hを明確に
- 肯定的表現を使用
- 視覚的要素を取り入れる
- 児童と一緒に作成するプロセスが重要
3-2. 個別行動目標の作り方(実践編)
特性別目標設定例
自閉症スペクトラム児童:
- 「授業開始時、指定席に着席する」
- 「嫌なことがあったら、『いやです』カードを提示する」
ADHD児童:
- 「タイマーが鳴るまで、作業に取り組む」
- 「発言する前に手を挙げる」
知的障害児童:
- 「給食の準備で、自分の食器を運ぶ」
- 「朝の会で、名前を呼ばれたら手を挙げる」
目標設定シートの活用例
児童 | 長期目標 | 短期目標 | 評価方法 |
---|---|---|---|
Aさん | 自己主張ができる | 「やめて」と言える | 週3回以上 |
Bさん | 集中力を高める | 5分間着席 | タイマー記録 |
第4章 年間を通した運用マニュアル
4-1. 学期ごとの目標管理サイクル
- 4月:実態把握期間
- 5-7月:基礎スキル定着期
- 9-12月:スキル拡大期
- 1-3月:統合応用期
4-2. 目標の見える化テクニック
- カラフルなピクトグラムの活用
- 達成度がわかるガントチャート
- デジタルツールを活用した進捗管理
カラフルピクトグラムとは、色を使って視覚的に分かりやすく表現されたピクトグラム(絵文字・記号)のことです。
例:
地図上で色付きのピクトグラムを使って、観光名所やトイレ、レストランなどを表示
学校で使う「カラフルな教科アイコン」(国語=赤、算数=青など)
福祉施設での「生活動作を示すカラー付きイラスト」
ガントチャートとは、作業の進行状況を視覚的に表すスケジュール管理ツールの一つです。プロジェクト管理などでよく使われます。
【具体的事例】
目標: 「給食の準備を3工程で行う」
曜日 | エプロン着用 | 箸セッティング | 配膳 | 総合評価 |
---|---|---|---|---|
月 | 🌟 | △ | 🟡 | |
火 | 🌟 | 🌟 | △ | 🟢 |
水 | 🌟 | 🌟 | 🌟 | 🟢💫 |
凡例:
- 🌟:自力達成
- △:部分達成(支援あり)
- 🟡:50%達成
- 🟢:100%達成
- 💫:特別褒章
【指導のコツ】
- 朝の会で確認:「今日はどこまで頑張る?」と指さし
- 即時フィードバック:達成都度、シールを貼らせる
- 振り返り:金曜日に「今週の星を数えよう」
4-3. 保護者との連携方法
- 個別目標シートの家庭共有
- 月1回の目標進捗報告
- 家庭と連動した強化方法
まとめ:目標設定は教育の設計図
特別支援学級の目標設定は:
- 理念と実践を分けて考える
- 個別性と全体性を両立させる
- 見える化と評価システムを構築する
この3つのポイントを押さえることで、形式的な目標から、実際の成長を促す生きた目標へと変わります。
特別支援学級の目標設定:理念と実践の具体例集
1. 理念目標と実践目標のペア例
【理念目標】「ちがうのも いいね! みんなで たのしい がっきゅう」
実践目標例:
- ASD児童:「自分の好きな遊びを1回紹介する」(ソーシャルスキル)
- ADHD児童:「友達の話を3秒間聞く」(衝動性コントロール)
- 知的障害児童:「朝の会で名前カードを貼る」(ルーティン形成)
指導のポイント:
- 紹介が苦手な子には「先生と一緒に」からスタート
- 3秒間のタイミングは砂時計で可視化
- 名前カードはマグネット式で貼りやすく
【理念目標】「じぶんの ペースで そだてる ちから」
実践目標例:
- 書字困難児:「ひらがな1文字をなぞる」(微細運動)
- 感覚過敏児:「イヤーマフを自分で装着する」(自己調整)
- 知的障害児:「体操の順番をまねする」(模倣スキル)
環境調整:
- なぞり書き用に太いマーカーを準備
- イヤーマフは各自の机に常備
- 模倣は教師がゆっくり動作分解
2. 特性別・実践目標の詳細事例
【自閉症スペクトラム児童】
理念:「わかりやすい きもちの つたえあい」
実践:
- 「感情カードで『うれしい』を選ぶ」(1日1回)
- 給食後など決まった時間に実施
- 最初は2択からスタート
- 「『まって』カードを提示して待つ」
- 順番待ちの練習用に専用カード作成
- 成功時はすぐに強化
視覚支援:
- 感情カードは実写真を使用
- 待ち時間はタイマーで表示
【ADHD傾向のある児童】
理念:「ちょっとずつ ちからを ためす」
実践:
- 「フットレストを使って5分間着席」
- 振り子式フットレストで体幹サポート
- 成功ごとにシールを貼る
- 「発言前に深呼吸1回」
- ポスターで手順を提示
- 教師がモデルを示す
行動支援:
- タイマーは振動式を使用
- 衝動的な発言には「深呼吸カード」を提示
【知的障害のある児童】
理念:「いっしょに できる よろこび」
実践:
- 「友達とボールを1往復パス」
- 距離は1mから開始
- 教師が手を添えて支援
- 「給食で『ください』と指さす」
- 選択肢を2品に限定
- 正解したらすぐ提供
教材工夫:
- ボールは大きめの柔らかいもの
- 指さし用に食品の実物写真を用意
3. 学期ごとの目標発展例
【1学期】基礎スキル形成期
理念:「あんしんして すごせる きほん」
実践:
- 着席時はクッション使用(全員)
- トイレのサインカード提示(必要な児童)
- 名前呼びに手を挙げる(全員)
【2学期】社会性拡大期
理念:「ともだちと かかわる たのしさ」
実践:
- 自由遊びで1回道具を貸す(ASD児)
- グループ活動で1役割を担う(ADHD児)
- 友達の真似をして体操(知的障害児)
【3学期】統合応用期
理念:「じぶんで きめて やってみる」
実践:
- 休み時間の活動を絵カードから選択(ASD児)
- 係活動を1週間継続(ADHD児)
- 朝の準備を3工程で完了(知的障害児)
4. 保護者連携の具体例
【家庭と連動した目標設定】
- 学校目標:「給食の配膳を手伝う」
家庭目標:「食器を運ぶ」
→ 同じ食器を使用して般化を促進 - 学校目標:「『やめて』と言う」
家庭目標:「兄弟からおもちゃを取られる時に言う」
→ 同じフレーズを使用
【進捗報告の実際】
- 毎金曜日に「目標達成シート」を持ち帰り
- 達成度を◎○△で評価
- 家庭でのエピソード記入欄を設置
- 月1回の個別面談で調整
5. 環境設定の具体例
【教室レイアウト】
- 目標達成コーナーを設置:
- 個別目標のピクトグラム掲示
- 達成ステッカーを貼るマップ
- 成功時のご褒美ボックス
【教材・教具】
- タイマー:振動式・砂時計・デジタルの3種類
- クッション:空気式・ウレタン式・ビーズ式
- コミュニケーションツール:
- 感情カード(4段階の大きさ)
- 要求用ピクトグラムブック
- タッチ式音声出力機器
これらの具体例は、あくまで一例です。重要なのは:
- 理念目標と実践目標を明確に連動させる
- 個々の児童の「今」に合わせて調整する
- 成功体験を積み重ねられる仕組みを作る
特別支援学級の目標設定は、単なる「お題目」ではなく、日々の指導の羅針盤となるよう、具体的で意味のあるものにしていきましょう。
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