子どもの成長を見守る日々は、驚きと発見に満ちています。昨日できなかったことが今日突然できるようになったり、苦手だったことにも根気強く挑戦したり。その一方で、壁にぶつかって自信をなくしたり、「どうせ自分には無理だ」と諦めてしまったりする姿に、私たちは戸惑うこともあります。

一体、子どもたちの成長の原動力は何なのでしょうか? そして、一見ネガティブに見える「できない」という感覚や、そこから生まれる葛藤は、子どもにとってどんな意味を持っているのでしょうか?
このシリーズでは、古今東西の偉大な思想家たちの知恵を借りながら、子どもたちの発達における「内なる力」に迫ります。彼らの思想には、子どもの心の中で起こる「矛盾」や「葛藤」こそが、新しい自分を生み出すパワフルなエネルギー源となるという、共通の洞察が見られます。

シリーズ第1回は、アドラー心理学に焦点を当てます。アドラーは、私たちがネガティブに捉えがちな「劣等感」の中にこそ、人間が成長するための秘密が隠されていると考えました。
シリーズ2回はニーチェ哲学から発達障害と不登校について考えてみました。
アドラー心理学の「劣等感」とは? 成長への意外な羅針盤
オーストリアの精神科医、アルフレッド・アドラーは、「個人心理学」という独自の心理学を確立しました。彼の思想の重要なキーワードの一つが「劣等感」です。
私たちは誰でも、多かれ少なかれ「劣等感」を感じて生きています。自分と他人を比べたり、理想の自分と今の自分を見比べたりして、「自分は足りない」「うまくできていない部分がある」と感じる。これが劣等感です。
子どもたちも例外ではありません。
- 友達よりかけっこが遅い…
- 計算ドリルがなかなか進まない…
- みんなの前で発表するのが緊張する…
- 思った通りに絵が描けない…
こうした経験を通して、「自分は周りの子より劣っているのかもしれない」「どうせ自分にはできない」と感じ、劣等感を抱くことがあります。

しかし、アドラーは、この「劣等感」を単に否定的なものとは捉えませんでした。むしろ、人間が成長するための、誰もが持っている自然な感覚であり、「現状をより良くしたい」「理想の状態に近づきたい」という願望の裏返しであると考えたのです。
つまり、子どもが「計算が苦手だな」と感じる時、それは彼らが心のどこかで「計算ができるようになりたい!」と願っている証拠。友達と比べて「うまく話せないな」と感じる劣等感は、「もっと友達と楽しく話せるようになりたい!」という強い「やりたい自分」の表れなのです。
「やれない自分」という現状認識(劣等感)があるからこそ、「やりたい自分」「こうなりたい自分」という理想へのエネルギーが生まれる。これが、アドラーが教えてくれた劣等感の全く新しい捉え方です。劣等感は、立ち止まる理由ではなく、前に進むための力強いエンジンなのです。

「できない」に直面する子どもたちへ アドラー心理学が示す希望
このアドラーの考え方は、特別支援学級に在籍する子どもたちや、不登校を経験している子どもたちへの支援を考える上で、非常に大きな希望を与えてくれます。
彼らは、発達の特性やこれまでの経験から、「やれない自分」という現実に直面する機会が多く、強い劣等感を抱えやすい状況にいます。学習、運動、友達との関わり、集団への適応など、様々な場面で「うまくいかない」「みんなと同じようにできない」と感じるかもしれません。不登校の子どもたちの心の奥にも、「学校に行きたい気持ち」と「行けない理由(不安、苦手さ、失敗経験など)」の間で揺れ動く、複雑な葛藤や劣等感が隠されていることが少なくありません。
これらの「やれない自分」から生まれる劣等感は、時に子どもたちを深く傷つけ、自信を奪い、時には行動を止めてしまうように見えることもあります。しかし、アドラー心理学のレンズを通して見れば、彼らが抱える劣等感は、単なるネガティブな感情や「問題」なのではありません。それは、「もっと成長したい」「できるようになりたい」「変わりたい」という、彼らの内に秘められた強い願い、「やりたい自分」というエネルギーが形を変えて現れている姿なのです。
支援者である私たちは、子どもたちの「できない」という劣等感を頭ごなしに否定したり、「頑張りが足りない」と叱咤したりするのではなく、その奥にある「成長したい」というポジティブなエネルギーを見抜く必要があります。そして、そのエネルギーが、子ども自身を前に進める力となるように、建設的な方向へ使えるようにサポートすることが求められます。

「劣等感」を「成長エネルギー」に変える アドラー流の支援ヒント
では、アドラー心理学の考え方を踏まえて、私たちは具体的にどのように子どもたちをサポートすれば良いのでしょうか。
1. 「勇気づけ」を惜しまない
アドラー心理学で最も重視されるのが「勇気づけ」です。これは、子どものありのままの存在や、努力、挑戦といったプロセスを承認し、困難に立ち向かう活力を与えることです。結果だけでなく、「〇〇しようとしたんだね」「最後まで頑張ったね」のように、行動のプロセスに注目して声をかけましょう。劣等感から「どうせ無理だ」と諦めかけている子どもに、もう一度立ち上がる勇気を与えます。
2. 「共同体感覚」を育む環境を作る
アドラーは、人間は他者との繋がりの中で、「ここにいてもいいんだ」「自分もみんなの役に立てるんだ」と感じる時に幸せや生きがいを見出すと考えました(共同体感覚)。子どもたちが、クラスや学校、家庭といった自分の居場所で、安心感と所属感を感じられるようにサポートします。また、彼らの小さな貢献(お手伝い、友達への声かけなど)を認め、感謝を伝えることで、「自分も役に立てる」という自信(貢献感)を育みます。これにより、劣等感からくる孤立感が和らぎ、「やりたい自分」へエネルギーを向けやすくなります。

3. 「課題の分離」で子ども自身の力を信じる
子どもが抱える劣等感や、そこから生じる困難は、基本的に子ども自身の課題です。支援者は、子どもに代わって全てを解決してあげるのではなく、子ども自身が自分の力で乗り越えていくプロセスを信じ、見守る姿勢が大切です。もちろん、困っている時には適切なサポートを提供しますが、子どもが自分で考え、自分で行動する機会を奪わないように意識しましょう。「この子は自分で乗り越えられる力を持っている」と信じることが、子どもに安心感を与えます。
4. スモールステップで「達成感」を積み重ねる
劣等感が強い子どもは、大きな目標を見ると圧倒されてしまい、「どうせできない」と諦めてしまいがちです。大きな課題を、子どもが「これならできるかも」と思えるくらいの小さなステップに分け、一つずつクリアしていく成功体験を積み重ねることが非常に有効です。小さな達成感は、「やればできるかもしれない」という自己効力感を育み、劣等感を乗り越えるための力強いエネルギーとなります。

まとめ:君の「できない」は、未来への扉を開く鍵
アドラー心理学は、私たちに希望を与えてくれます。子どもたちが抱える「できない」という感覚、つまり劣等感の中にこそ、彼らが「もっと成長したい」「できるようになりたい」という、未来へ向かう力強いエネルギーが眠っていることを教えてくれるからです。
特別支援や不登校の子どもたちの支援において、彼らの劣等感を単なる問題やマイナスな感情として見るのではなく、「成長したい」という願いが形を変えて現れているものだと捉え直し、そのエネルギーを「勇気づけ」によって建設的な方向へと導いていくこと。そして、子どもたちが「ここにいてもいいんだ」「自分ならできる」と感じられるように伴走すること。
それが、子どもたちが自分自身の力で困難を乗り越え、自分らしい素晴らしい未来を切り拓いていくための、確かな一歩となるでしょう。君が感じている「できない」という気持ちは、決して恥ずかしいことじゃない。それは、君がもっともっと大きく成長できる、素晴らしい可能性の証なんだ。
このシリーズでは、これからも様々な思想家の視点から、子どもたちの「内なる葛藤」と「成長」について探求していきます。次回もお楽しみに!
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